スピリチュアル
13

ゲームセンターなんかに入るなんて何年ぶりかと田嶋は思った。

強引に桂木に引っ張られるような形で入ったゲームセンターを ぐるりと見回す。入り口から想像したより奥行きがあり、結構広い。ゲーム機も手前側からUFOキャッチャー、メダルゲーム、奥のほうには最新のアーケ−ドや体感ゲーム等がムラなく ソツなく揃っていた。土曜の昼とあって込み合うとまでいかなくても結構な人数が集まっていて、ゲームセンター独特の雰囲気と、ちょっと暗めの照明が少しばかり息苦しい。

少し辺りを見回しながら奥へ入っていく桂木の後ろを田嶋は着いて行った。数年ぶりに入ったセンターの印象は昔見たまま、雰囲気もさほど変わらず、いつもながらのすごいゲームの音量と人の雑音で 、声をかけるのも耳元で言わないと聞こえそうにも ありゃしない。田嶋は横に立った桂木の耳元に右手を添えてボソッと言った。

「ゲーム、好きなんですか」
「えー、別に。たまたまそこにあったから。それと」
「それと?」
「こんな行きあたりばったりの方が普通のデートっぽいじゃん」

そう言って桂木は子供のような無邪気な笑顔を見せたのだったが、どこが……。田嶋は呆れたように目を細めた。こんなデカイ男二人連れじゃあ、デートなんかに到底見えない。精々ナンパがいいとこか。 桂木の方も久しぶりにこんなところへ入ったのか、記憶にないゲームを見つけては、はしゃぐようにやろうやろうと田嶋の袖をひっぱるのだった。

(子供……)

主任てこんなに子供っぽい人だったかな、と、なんだか田嶋は初めてゲームセンターデビューする中学生を引率してる気分にもなってきた。そうかと思えば隣に座ったゲームの椅子で急に手を重ねてきたりして、その行為に何か言おうとすると、ニヤニヤと銀縁眼鏡の向こうから、実に色気のある視線をこちらに投げかけていて田嶋の言葉を塞いでしまう。

「桂木の恋人」になってから意外な面を見せ始めたのはむしろ桂木の方かも知れなかった。桂木の行動、視線、指先から伝わる温度まで、どれを取っても田嶋へのプラスの好意で溢れているのだ。それらに対して田嶋は戸惑う。自分はこんなに自信を持って桂木を好きだと言えるのか、と。

「…………じま、田嶋!」
「え?」

桂木の数度の目の呼びかけで、はっと田嶋は顔を上げた。

「ぼうっとしてんなよ」

桂木は笑って言ったが、 ふと下を見ると、ゲームの画面はとっくにゲームオーバーになっていて、デモ画面へと変わっている。ああ、すいません、と小さく呟いて田嶋が席から立ち上がると、そろそろ出よう かと桂木は左の袖をめくり、手首の時計を見ながら言った。

入ってきた入り口に差し掛かると、丁度戸口のUFOキャッチャーのところで部活かなにかの帰りだろうか。2人の女子高生が制服姿のままゲーム機の前に立っているのが目に入った。遠くからでも、その少女達がラスの向こうにあるぬいぐるみが欲しいの だということが漠然と分かる。目の前まで来るとさらにそれが格段にはっきりとした。会話が聞こえてきたからだ。

「あれすげー欲しい〜!」
「でも無理だよぉ、あんなの取れそうにないもん」
「せっかくシリーズ、集めてるのにぃ…」

通り間際に桂木はするりと、まるで意識のさせないような静かな動きで、ポケットから硬貨を取り出し、ゲーム機に投入した。たちまち音楽が変わり、クレーンを動かせと矢印のボタンが点滅を始める。桂木はスッと顔を少し傾けて手早くボタンを押したのだった。

「あ」
「あ!」

すぐ隣で、様子の一部始終を見ていた女子高生達が同時に頓狂な声を上げた。

「キャーーーーーーっ!」

桂木の操作したクレーンの先に、女子高生の望んでいたぬいぐるみが持ち上がったのだ。運ばれるのを待つのももどかしいぐらいのゆっくりとした動きだが、クレーンは確実にぬいぐるみを景品ボックスにそれを落とした。

「おお、掛かった」

ガタン、と桂木はそのぬいぐるみを取り出すと、女子高生たちはいいなあ、と羨望の声を上げた。桂木はチラッと横に視線をやると、あげる、と言って、欲しい欲しいと連発していた娘の前に、ポンと景品である「たれぱんだ」 ぬいぐるみをを差し出したのだ。

「え、えーーーー!?いいんですか?」
「いいよ」

ニコっと笑って桂木が言うと、女子高生達は顔を赤くして黙ってしまった。見惚れた、と言った方が正しかったかも知れない。桂木は行こう、と田嶋の袖を引っぱってサッサと店を後にする。後ろの方でありがとー、という黄色い声が聞こえたが桂木はもう振り向かなかった。

店を出て、人ごみの多い雑踏に紛れていく。田嶋は半ば軽蔑するかのようなまなざしで、「タラシ」、と低い、呆れた声で呟いた。

「はあ、何が?」

言われてる意味自体が分からないといった風に、と桂木は眉をひそめた。女性には優しいが、自身の性的嗜好は男性だから女に対して下心もあるわけがない。女性は桂木のそういうところに騙されるのだ。 しかも天然だから始末に終えない。

田嶋は、振るだけ振っといて当の桂木を無視して幾分足取りを早めた。その背中をすぐさま追うように、桂木も後を追う。いつの間にか肩を並べた二人が、数分も歩かないうちに桂木が 「おっ」 っと小さい声を上げて田嶋の腕を引っ張った。

「本屋寄ってこ」

桂木はそういうとまたもや強引に田嶋の手を引いて、視界に入った書店へと足を向けた。

「これも普通っぽいデートの一環ですか?」
「そ」

短い返事を返すと、いよいよと桂木は書店に足を踏み入れた。本屋といえば確かに、買うものが特になくてもなんとなく立ち寄ってしまう場所ではあるけれど。

ビルの一階を占拠する広い本屋で、大きな窓から入ってくる光は店内を明るく清潔なイメージを与える。そんな店内に飾られた本は、どれもこれも良書に見えたりもするから結構不思議だ。

30数人がまばらとうろつく店内で、桂木はまず雑誌のコーナーで足を止めた。各々の表紙が見えるように立てかけるディスプレイタイプの本棚で、今月・今週出た雑誌がところ狭しとひしめき合っている。しかし、ジャンル、良書悪書を問わず、最近の出版物は数も種類も豊富すぎて、どれを読んだらいいものかさっぱり全然分からない。

桂木は目の前の青年誌を手に取ると、パラパラと無造作にページをめくった。数回繰り返して、何度目かに隣にいる田嶋の注意を少し引いた。

「ああ、俺その人結構好きです」
「あれ、田嶋マンガとか読むの」
「時々」
「ふうん、意外」

桂木は単行本買いだから雑誌は買わない主義らしい。数分見ただけで次は文庫、単行本、そして最後にビジネス書の棚の前に立った。興味を引いた何冊かの書籍の背表紙に指をなぞらせ、そのうちの一冊を引き出すと桂木はパラパラとページをめくり、ついにはじっくりと熱心に読み始めた様が隣にいる田嶋にはすぐに分かった。営業に先立つ者にとっては切っても切れないマーケティングの書籍。なんだかんだ言って桂木は結局仕事 の好きな男なのだと田嶋は思う。

桂木が一枚ページをめくる音が、大きく聞こえた。周りにいる、まったく見知らぬ人々の少しの気配とざわめきと、2人の距離の間に流れる静かである意味穏やかな空間。傍にいるのに会話がなくても気を使わない。そんな桂木を好きだと思うが、それは恋とは少し離れたところにあるものなのだと田嶋は思った。

 


top



SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO