スピリチュアル
10

ホテルを出てすぐ傍の喫茶店で 『一緒に暮らそう』 という桂木の提案を、田嶋が軽く無視したのはもう一週間も前の話になる。

桂木といえばあれから口を開くと一緒に暮らそう、暮らそうと、やかましいことこの上ない。 よもや田嶋がOKを出すまでしつこく言い続けるつもりなのか?

閑散とした 昼下がりの営業部で田嶋は少し食傷気味に、しかも痛々しいトゲのある視線で桂木を見つめた。それなのに斜め前の桂木の席には桂木が頬杖をついてニコニコなんて笑みを浮かべながら田嶋の顔をじっと見て なんかいる。

「一緒に生活したら結構楽しいと思うんだよなあ」
「……あんた生活を舐めてませんか?」

4泊5日の修学旅行じゃあるまいし…、と田嶋は皮肉めいた口調で言って、視線を机上の書類に下げる。連れない恋人の物言いに、舐めてねえよ、と桂木が苦笑を浮かべて言うと 、営業部の部屋のドアから西郷と共に入ってきた三好が横槍を入れてきた。

「一緒にて何?なんの話なん」
「おお、デビルイヤーだなあ、三好。何ってどうせい……フゴッ!」
「なんでもないんだ、三好」

涼しい声を出して、その実桂木の背後から右手で口を押さえ込んだ田嶋がニコッと笑顔を浮かべて言った。目を細めた桂木がその手をやんわりとどけて心外そうな口調で呟く。

「なんだよ、住居のシェアリングの話じゃんかよ」
「シェアリング…平たく言うたら同居?ああ、なるほど!主任んチ部屋いっぱいあって新しいし家賃高かそうやもんな〜」
「そ。一緒に住んだら家賃も光熱費も半分よ」

うんうんと満足そうに二回ほど頷いて、桂木は腕を組んだ。

どうだか……。田嶋は軽蔑にも似たようなまなざしで席につく。一方三好はその言葉に興味深々な様子で話題を変えようとはしない。目をキラキラさせて桂木に言ったのだ。

「それやったら俺が住みた〜い、ちゅうか!飼うて欲しい〜」
「三好……」

後ろから西郷が諦めにも似た口調で抑制の言葉を投げかけた。そのやりとりにゲラゲラ笑いながら桂木は涼しい口調でこうも言う。

「三好と住んだらボケとツッコミで一日終るよ」
「レベルアップ間違いなしやで〜」
「生活するには疲れそうだ」
「で、田嶋かあ。田嶋我慢強そうやもんな〜」
「どういう意味だ、三好……」

ある意味、的を得ている。

「まあシェアリングも気がおうたらしてもええよなあ」

三好が言うと両手でつくったブリッジを顎に当てた桂木はニコッと微笑を浮かべて言った。

「だろ?でもなかなか承諾しれくれない」
「うっわ〜、主任!それってすんごい口説き文句みたいやで!」
「口説いてるんだよ」

桂木は意味ありげな視線を意中の男にチラリと送ってみたけれど、それはあっさり無視された。

「気なんかあってないです、よ!」

突然会話の流れを切るように、語尾の口調を荒げて言うと田嶋は退散と言わんばかりに椅子からガタッと立ち上がる。

「とにかく、そういうつもりありませんから」

田嶋は素っ気無くそういうと、そのまま営業部のドアに向かっていった。

 

*    *    *    *    *

 

一体全体、桂木は本当にどういうつもりなのか。田嶋は桂木のその奥にある真意を、未だに考えあぐねている。

 

マンションのドアを入ってすぐのところで求めるまま交わした口付けを離すと、桂木は至近距離に顔を置いたまま田嶋の顔をジッと見つめた。キスの余韻を残こしたその顔はひどく魅力的でセクシーだ。それなのに、その口が言葉にする内容といったら!

「ほら……時間が勿体無い。一緒に暮らしたらこんな時間を惜しむような性急な求め方しなくても済むのになあ」
「……なら、しなけりゃいいじゃないですか」

田嶋は目を細めて低い声でそう言って踵を返すと、さっさと靴を脱いで玄関を上がった。

それはまったくそうなのだ。昨日も一昨日も一昨昨日も、その前も!やるこたキチンとやってるのだから、何もこんな玄関に入ってすぐ相手を求めるような行動はしなくていい。

玄関口から真っ直ぐの、突き当たりのリビングに後から入ってきた桂木が部屋の暖房を入れると、田嶋はコートと上着を脱いでキッチンの椅子の背もたれに掛けて振り向いた。部屋はまだひんやりとしていて、桂木なんかはコートを脱ぐのもまだ惜しい。

田嶋の横を素通りすると桂木は、ケトルに水を入れてコンロの火を点けた。そしてこれみよがしに、一緒にいれば、の呪文を呟くのだ。

「押入れの奥に眠ってあるコーヒーメーカー。2人なら出せるのになあ〜……」
「一人でも出しゃいいでしょう」

素っ気無くそう言って、田嶋はリビングのソファに座って足を組んだ。ソファの肘掛にひじを乗せ、ついた頬杖の先には会社と同じく食傷気味な表情を浮かべた田嶋の目が、ローテーブルの真ん中をじっとりと睨んでいる。なんでもかんでもしつこく言われて、こうなってくるともう我慢比べもいいとこだ。いや、意地の張り合いとも言うべきか。

眉間にしわを寄せたまま、目を閉じた田嶋の様子に桂木も苦笑する。

部屋が八分程度に暖まってきた頃、ようやく桂木もコートを脱いだ。まだ少し冷たさの残るこの部屋で田嶋は寒そうな素振り一つ見せない。見ているこっちが錯覚を起こしそうだ。

桂木がインスタントのコーヒーを入れて目の前に置いてやると、田嶋は初めて気づいたように「どうも」、というトゲのない一言をようやく発した。

桂木が入社した年、初めてのボーナスで社内購入した全長180センチもある長い三人がけのソファは桂木のお気に入りの家具の一つでもある。まずデカイ男が2人座っても肩が触れ合うことがない……のが売り物であるにも関わらず、桂木は端に座った田嶋のすぐ横に自分もドッカリと腰を下ろ した。田嶋の顔に曇りの色が走ったが、そんなの桂木はちっとも全然気にしない。もともとそれが狙いなのだから。

「…………」

あからさまに迷惑そうな田嶋の顔は、桂木の屈折した悪戯心に火を点ける。桂木はニコッと笑顔を浮かべてまた言った。

「なあ、一緒に暮らそうぜ」
「いやですよ」

即答か。

一週間前のあの日から、何度この会話を交わしたことか。しかし答えは決まって同じで、一向に平行線の域を出ない。

桂木は下から田嶋を覗き込むように首を傾けると、意味ありげな視線を送った。

「へぇー、じゃあお前は気の合わない男とこうやって何度も食事したりセックスしたりするわけ?」
「………」

桂木が意地悪く口角を上げて目を細めると、田嶋はそのままぶっつり黙ってしまった。

それだけが目的なわけでなく、常識の範囲で考えたら普通そんなことはしないだろう。まあ目の前のこの男はこの三ヶ月 『常識の範囲内』 の人間ではあったが、それでも田嶋にしてみれば 、たかだか三ヶ月の短い期間でこの桂木を信用なんかできるか!といったところで……尤も問題の根本はそんなことでもないのだが。

田嶋はむっとしたような顔になって、桂木をジロリと睨んだ。

「あんたね、自分の節操の無さを反省したこと1度だってあります?最短3日で終わったのもあったでしょうよ」
「田嶋とはもうすぐ4年だ」
「何、俺ふた股かけられてたんですか?」
「田嶋が本命」

桂木は悪びれる様子もなくニコッと極上の笑みを浮かべてしゃあしゃあと言ってのけた。この舌の回りよう、ある意味尊敬に値する。

田嶋は ああ、と半ば呆れ気味に顔を俯けた。

ほんの数分考え込んだ田嶋がふと顔を上げると、桂木が熱い視線でこっちを見ていて、思わず田嶋をドキリとさせる。一体どれぐらい前から見つめていたのか、真っ直ぐ見つめる桂木のまなざしは、ただそれだけで田嶋の平常心をいとも容易く奪ってしまう。 そして、こんな歯の浮く科白まであっさり言ってしまうのだ。

「好きだよ。他に何が要るの」
「あ……」

と、そこまで声を発して田嶋は口をへの字に曲げて目を細めた。

「あんたね、一体俺のどこが好きだっていうんですか。そんなすぐに冷めたりする愛情……」
「おお、よくぞ聞いてくれました!いっぱいあるんだな、これが」

そう言って桂木はニコッと笑うと、怒涛のごとく言葉を降らせたのだった。

「まず顔と身体は論外ね。その可愛げのない性格だろ、時々見せる脆いとこだろ、やたら冷静なところだろ、ドライってとこもいいなあ。それと抱かれてるときは案外素直でそのギャップがたまらなくグッとくるし、仕事が出来るとこも好きだな。まだまだあるぞ!滅多に見れない笑顔も外せない し、。それと案外大雑把なところがあって意外と新鮮……」
「…………もういいです」

放って置けば1日中だって続く気がして唖然としたまま田嶋は止めた。

桂木は ま、全部だな、とかなんとか赤面しそうな科白をしゃあしゃあと言っている。 実際聞いてるこっちが恥ずかしくなってきて田嶋は視線を逸らしたが、本人は気づいているのかいないのか、視線を逸らせたその顔は首筋まで真っ赤に染まっていて田嶋の内心をいとも容易く覗かせた。 でまかせかも知れないがこんなに次から次へと言葉が出てくるとは実は田嶋は思ってもいなかったのだ。

まいったな、と田嶋は思ったがところが、である。今度はその桂木が聞いてきたのだ。

「じゃ、次は田嶋の番ね。お前は俺のどこがいいんだよ」
「は?」
「一方的っていうのはフェアじゃねぇよ」

キシっと、桂木はソファの背もたれに右肩を掛けて勝気な笑みを浮かべると、田嶋の顔に近づけた。ひどく驚いた表情をした田嶋の顔がひどくそそる。

「聞かせろよ」
「別にどこも……」
「ウソつけ。泣いて告白したの誰だよ」
「泣いてないです」
「いや、泣いた。さ、聞かせろ」
「ないですってば」
「教えてくれないと社内で関係、こそっとリークしちゃうぞ〜」
「メリット一つもないじゃないですか」
「そうかもね。さ、教えて」
「…………」
「教えて」
「あああ、もうしつっこい人ですねえ!分かりましたよ、言やいんでしょう?言や!」

気が付くと押し倒さんばかりに至近距離に近づいた桂木の体を田嶋は力任せに押し返した。ようやく普通の状態に起き上がった桂木をジロっと睨みながら、締めてあったネクタイを少し緩める。そんな田嶋を満足そうに、桂木はニコニコした顔で見つめるのだった。

「さ、俺のどこがいいのか言ってみろよ」

性急な問いかけに、田嶋は半ば呆れ、半ば怒ったような顔立ちで目を伏せた。こんなの知ってどうしようというのか。田嶋は小さく一息吐くと、鬱陶しそうに桂木に視線を渡した。

「そうですねえ。顔と、身体と……」
「顔と、身体と?」
「顔と、身体と…………」
「……顔と、身体と?」
「……………………」

桂木の2度目の繰り返しは少し声が低くなった。それでも、それに気付かないほど愕然としたのは田嶋の方だったのだ。おかしい、これ以上  『好き』 の項目が出てこないではないか。 節操なしとか、男好きとか、その類の事柄は沢山出てくるというのに肝心の好きなところが出てこないだなんて!

ハッと顔を上げると、そこには結構冷たい顔した桂木がもう至近距離で田嶋を見つめていた。田嶋は「あの……」、と言いかけたが桂木の言葉にあっさりとかき消される。

「そうかそうか。お前が俺を好きなのは顔と身体とテクニックだけか。……結構失礼なやつだな」
「……テクニックは、入れてません」
「好きなくせに」

桂木はそう言って笑うと軽く田嶋の唇を奪って、ソファの上に押し倒した。

 


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