ナイーブ

1週間という期限付きで始めた恋人と、その妹で構成された同居生活は、驚くほどの速さでまたたく間に5日が過ぎた。

真由美とは相当気が合うみたいで、毎日が退屈しない。と、言っても仕事の立て込んだ桂木が帰宅するのは大抵22時を回った夜遅くで、それから小1時間ほど、23時には互いの部屋に篭ってしまうものだから、これといったトラブルも起こりようも無い。それでも、桂木に対する真由美の態度は好意的で、ひどく好感の持てるものには違いなかった。最初の出会いとは程遠く、翌日休日出勤した桂木にケーキの土産は結構グッと来たものだ。

田嶋とは全く正反対の妹ではあるけれど、それはそれで二人の間に新しい風を吹き込んだ。こういうのも悪くない。悪くない……けど、だがしかし。

(もう5日もしてねぇよ……)

桂木はもう終電間際の電車の中で、イライラと足を揺すった。膝に乗せたブリーフケースも小刻みに動く。小さな、それでいてささやかなその動作だけで、桂木の欲求がいかに不満してるか見て取れるというものだ。

『妹が隣に寝てるっていうのに……しちゃ、まずいだろうよ』、と、最初に交わした約束を忘れたわけでは決してないが、仕事帰りにホテルに連れ込もうにも今は仕事が忙しすぎて俄然無理。しかも、だ。毎晩横にその対象がいるものだから、そういう気分にならないはずがない。自分でも呆れてしまうが、同棲を始めて1ヶ月足らずの、いわば新婚さんなのだ。5日は、長い。

あと2日の辛抱か、と桂木は毎日自分を励ましてはいたものの、実は我慢の限界の間近さを感じる。きっかけさえあればいとも簡単に理性が吹っ飛んでしまいそうな、そんな気がするのだった。

自宅最寄の駅を降りて、真っ直ぐと、それでいてしっかりとした足取りでマンションに向かう。あと2日だ、あと2日!

 

1時を回りそうな時間を考慮して桂木は、注意しながら静かにマンションのドアを締めた。もう二人とも寝てるだろ、と半ば習慣的に施錠と、ドアチェーンをかける。かがんで靴を脱ぐと思わず小さなため息を桂木は付いた。

(1週間って長いなあ……)

普段は休みが入って瞬く間に過ぎる二日間という時間を、こんなに長く感じたことはない。夏休みは好きな子に会えないから、休みが早く終わればいい、なんて思ってる子供のようだと思って桂木は苦笑した。出来ないのならいっそ会えない方がいいかもよ。寝顔を見ながら我慢するのは男にとって、『生殺し』 そのものなのだ。

桂木は身体を立てると、廊下にある電気のスイッチをパチリと押して玄関と廊下の照明を落とした。一瞬にして暗くなった視界が、目の前の室内ドアから漏れる豆電球の小さな明かりをすぐさま捕らえる。

(ああ、今日もお預けか……。あんな約束、しなきゃよかった……)

声を殺して部屋でやれば、出来ないか?……我ながら最低だ。

玄関の廊下をネクタイを緩めながら上着を脱いで通り過ぎ、ガチャリとドアを開けて桂木は驚いた。キッチン続きのリビングで、ソファに座ったパジャマ姿の田嶋が、まだそこにいたからだ。

テーブルの上に置いたノートパソコンが家に持ち帰った田嶋の仕事であるということは一目で分かった。横に、製品のカタログか数冊ドンと積んである。玄関の音で気づかない辺りで田嶋の没頭ぶりが伺えた。今桂木が開けたドアの音で田嶋は顔を上げたのだ。

「あ、おかえりなさい」
「まだ起きてたんか。先に寝とけよ」
「あんたが忙しいから、俺も忙しいんでしょ」

ご尤も。直属の部下なのだ。

夜遅くに、年頃の女の子一人を部屋で待たすわけには到底いかない。田嶋は仕事を持ち帰っていたのだった。

「ま、程ほどにしときます」

と言って田嶋はパソコンを立ち下げた。

「……真由美ちゃんは?」
「もう寝てますよ。さっき部屋を覗いたら電気消えてましたから」

それを聞いたとたん、桂木の中で理性のタガが思いっきり弾け飛んだ。

「………つーことは、今二人っきり……」

ゴクっと喉を鳴らした桂木はそう呟くと同時に勢いよく田嶋をソファに押し倒して、そのまま耳にかじりついた。田嶋は思わず小さな声を上げたが、そんなこと言ってもいられない。

「ちょ、ちょっと……、起きてでもきたらどうすんですか!」
「知るか!とにかく今はしたくてしたくてしょーがねーんだよ!させろっ!!」
「させろって、あんた……」

ポカーン、とした表情を浮かべて、次に田嶋は意地の悪い微笑を浮かべた。

「俺を処理場かなんかかと思ってるんじゃないですか?」

ま、いいですけど、と、そこまで言われてボタンを外す間も惜しんで、田嶋のシャツをめくり上げていた桂木の手があっさり止まった。眼下で、微笑を消した端正な田嶋の顔がやけに冷静に見える。豆電球程度の明るさしかない室内で、テーブル上のスタンドの柔らかな色の光が、その顔をより扇情的に照らしたのだけれど……桂木はその顔を見るとちょっと、今の自分が恥ずかしくなったのだった。ガツガツしてて、みっともない。

桂木はバツの悪そうな顔をして、田嶋の右手を引っ張った。上半身を起こして同じになった目線が合ったが、とても冷静には見られない。田嶋の視線から目を逸らして桂木は言った。

「そんなこと、思ってねーよ。……ただ」
「ただ?」
「もう5日も触れてねーな、と思うと……我慢、できなかった……」

うなだれる桂木の様子を見て、田嶋は唖然とした。さっきの勢いはどうしたんだ?

「しゅに……」

声を掛けようとして、こっちを向いた桂木を見て田嶋は言葉を失った。その顔ときたら!犬がエサを懇願する様に似ていて、ちょっと、可笑しい。

「俺の頭の中は、毎日毎日お前のことで一杯だ」
「『俺のことで』、じゃなくて 『俺の身体のことで』、でしょう」
「お・ま・え・の!身体だからしたいんだっ。……毎日毎日してえよ……ちゅか実際やってたな」

『お前の』、を強調した桂木の科白に、田嶋は体温が上昇するのを感じた。既に桂木の一人ツッコミは聞こえていない。

「あ、あの……」

口元に右手を当てて、田嶋は顔を俯けた。だからなんでそういうとこで赤くなるかな。

「……したくないといえば嘘になりますけどね……、あんた今、盛った犬みたいでしたよ」
「……盛った…・・いぬ……」

桂木はガクーッ!と本当にうなだれた。盛った犬だと?!

「ショック……」

そう言って、桂木はどさくさにまぎれて田嶋の膝にバタっと倒れ掛かった。

「犬かよ、犬……」

その有様をいたたまれなくなった田嶋は困った顔で、膝上にある桂木の頭を励ますようにくしゃくしゃと撫でた。その顔をチラリと盗み見ていた桂木の視線に田嶋は少しも気づいていない。

「あと二日すいません……」

桂木は目を閉じると、謝った田嶋の手を取ってその指先に口付けた。ゆっくりとその唇を離すと、膝上から桂木が痛いぐらいに真っ直ぐな視線でこちらを見ていて、田嶋の心臓を思わぬところでドキリとさせる。桂木はそんな田嶋の心の動きを見逃さなかった。触れたい――――。

俯いた首に手を掛けて、そのままこっちへ引き寄せると桂木はキスを誘った。物言わぬ誘惑は、直接的ではないだけに拒むことを躊躇させる。軽く2、3度触れるだけのキスを繰り返して、田嶋はゆっくりと距離をとった。その下では、ひどく情熱的な眼差しで自分の顔を見ている恋人がいるのだ。

桂木は上半身を起こすと、田嶋の目を真っ直ぐに見つめたまま、ゆっくりとした動作で眼鏡を外した。こういう、桂木の間の取り方はひどく巧妙で狡猾だと田嶋は思う。この目で見られたらもうダメなのだ。逆らえない。

伸ばされた桂木の右手が頬を掠めて、田嶋の耳朶を柔らかく摘んだ。その手を追うように、桂木の舌先が耳元をくすぐる。

「しゅにん…、ダメですってば…」
「何が」
「何がって……あ!」

田嶋の言葉はあっさりと遮ぎられた。キス、といようりは桂木が田嶋の口内を一方的に犯す形で、それでも、田嶋は抵抗することが出来ない。5日ぶりのそのキスは田嶋の理性をも揺るがした。

「ふっ……、しゅにん…だめですって…ば……」
「その気になったくせに…」
「誰が…あ、あぁ……」

否。田嶋は確かにその気になった。桂木の手が器用に田嶋のシャツのボタンを外し、田嶋の白い肌が明りの下にさらけ出される。その肌に桂木は丁寧いに口を滑らせ、舌を使って愛撫した。

「んっ、……ぁん……」

久しぶり感じる桂木の感触に、思わず田嶋の口から甘ったるい声が漏れた。その声を待っていたかのように、桂木は田嶋のズボンの中へ手を突っ込む。すると面白いぐらいにストレートな反応を示して、田嶋の身体がビクっと震えた。シャツを握り締めた田嶋の指先がみるみると白くなって、桂木はその手を掴んで口付ける。その色のある目つきは、獣を狩るハンターそのものだった。

「………っ」
「一臣、可愛いな……」

快楽に流される身体と、それに必死で抗おうとしながら結局は受け入れてしまう田嶋は本当に可愛い。耳元で囁かれると、もうどうにもならなかった。乱れた吐息も、もはや田嶋の聴覚をより刺激する効果の一つにしかならない。ゆっくりと上下する手はいつの間にか口に変わり、田嶋の身体を翻弄させた。

「…しゅにん、しゅ……ぁ、ああ……っ」

ガタン。

その音が、二人の動きを一瞬で凍らせた。二人とも、夢中で気付かなかったのだ。

小さく喉を鳴らして、桂木と田嶋はゆっくりと顔を上げた。ソファが置かれたリビングに続くキッチンに蒼白な表情を浮かべて立っていたのは。

「……真由美……」

 


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