ナイーブ

幸せな時間というのは瞬くあいだに流れるようで、冬に積もった雪が溶けるように、冷たい風が昼には温かく感じるように、世間ではそこいら中に、もう、春の気配があちこちに感じられる。

二人の同棲生活は順風満帆そのもので、気がつくとあっという間に一ヶ月が過ぎ去った。尤も一ヶ月かそこらで問題が生じたというのなら、これから先はとても暮らしてなんかいけやしないが、それでも田嶋との生活は桂木にとって不満どころか気になるところが一つたりとも ないのだった。いや、それよりまさに興味深い。何がって、田嶋の生活そのものが……。

 

桂木の朝は早い。自慢のダブルベッドから朝5時半、元気よく起床。 まだ鳴る前の目覚ましのタイマーをカチリと止めてぬくもりの残るベッドを惜しむ気もなく後にする。同棲前と比べたら桂木の起床時間は今までよりも1時間程度早くなったが、けれどこんな田嶋が朝っぱらから見れるのなら 、やっぱやらなきゃウソだろう!……と、いうかやらずにはいられない。

桂木は廊下続きの隣の部屋のドアをカチッと開けると、その小さいパイプベッドの枕元へと近づいた。そしておもむろにその場にしゃがみ込み、目覚まし時計のタイマーをカチリと止める。続いて、も一個。さらにも一個。桂木は可笑しくてたまらないといった風に口元をふにゃっと歪めた。だってむちゃくちゃ可笑しいのだ。低血圧の人間の目覚めが悪いのは聞いたことがあるけれど、まさか目覚まし時計を3個も使って起きていただなんて、驚きを通り越してなんだか呆れる。

桂木は込み上げる笑いで震えた肩を止めて、眼下の恋人を見下ろした。

「おい。朝だぜ、起きろよ」
「んー ……」

だるそうに、田嶋は眉間にしわを寄せていかにも不機嫌な声を上げたが、肝心の瞼は未だもって開かない。 カーテンを通り越して辺りを暖色にした光がその隙間から洩れるように差し込んで、これまたとても情緒深い。田嶋は ううん、と唸って声の方向に背を向けたが、桂木はそんなのお構いなしにベッドの上に腰をかけ た。肩にかけられた腕が重いが、そんなのはもうどうだっていい。田嶋は無意識に眉間のしわをさらに深くしたが、上半身を横たわった身体に沿わすように倒して桂木は、もう一度耳元で低く 小さく囁いた。

「田嶋くーん、朝だよーん」
「………」

無視。

聞こえているのか聞こえてないのか、それとも再度の眠りに落ちたのか……田嶋は何も答えない。その様子にニヤっと笑いを浮かべた桂木は、右手の人差し指と中指で田嶋の耳の周りををスーっと滑らかに、くるくると回すように撫で上げた。そしても一度繰り返す。

「……田嶋くーん……」
「……………………ひゃっ!」

驚いた声を上げて田嶋の身体がビクッと跳ねた。その反応も面白いけど、お楽しみはこれからだ。

吹きかけた息に続いて桂木の舌が、田嶋の耳に生暖かい感触を与えると、粘液質な音が田嶋の聴覚をダイレクトに刺激して、これからされる誘惑を想定した身体はあらぬ方向へと反応を起こし始める。

「ぁん……」

甘ったるい小さな声を上げて、それでも耳に柔らかく歯を立てた桂木の手がパジャマの裾から侵入を始めると、田嶋の頭は置かれた状況をはっきりと認識したように急速に覚醒を始める。慌てて上半身を起こそうと肘を立てたが、桂木の身体が密接に乗っかっていて、思うように起こせない。

「ちょ…、起きます!起きますから、止めて……あっ……」
「嘘をつけ、これなーんだ」

耳元で囁くと、桂木の手がするりとのズボンに滑るように入って、田嶋自身をギュッと掴んだ。

「……あっ!」

いつもと変わらぬ手順なのに、もたらされた快感に思わず田嶋は息を呑んだ。田嶋を包み込んだ右手はゆっくりと上下を繰り返し、時折指先で、濡れた先端の雫を広げて更なる刺激の波を誘う。

「………っ」

快感に慣れた身体は逆らう術を知らない。田嶋の両手が白いシーツを掴んだが、イヤがる素振りを見せなくなった。それを合図に桂木の手が手馴れた動作で田嶋のズボンを、邪魔にならない程度に少し下げる。朝はとにかく時間がないのだ。

桂木は濡れた雫を指先で少し拭うと、田嶋の先を軽く口に含んだ。口内で弄ぶように舌先を使って、時には吸って微妙な愛撫を繰り返すと、田嶋の身体は面白いように反応を見せる。時折小さく控えめに上がる田嶋の声は、なんだかひどくストイックで桂木の耳にも心地良い。10分ほど楽しんだあと、手と口の動きを早めると、あっさりと田嶋は桂木の口の中に白い欲望を吐きだしたのだった。

「はぁっ、はっ……」

小さく息を上げて田嶋はゆっくりと上半身を起こした。視界の先には桂木は手のひらで口元を拭っていて、なんだか田嶋をひどく気恥ずかしくする。それでも鬱蒼と桂木を見つめてむっとした顔をしてみたが、それに対して桂木ときたら世にも全く知らん顔 で、それどころか清清しい顔すらして、俺もトイレで一発抜いてこようなんて言っているのだ。

「さっさと起きて来いよ」

ニヤっと笑うと、桂木は上機嫌にそう言って、田嶋の部屋を後にする。その背中を見送って、田嶋はドアの向こうに目を細めた。

「…………」

すいません、と心の中で田嶋。軽蔑気味な視線とは裏腹に、内心ホントにそう思う。まあ朝から勝手に襲っといて、自分もしてくれではあんまりか。それでも一応、田嶋の身体を気づかっていてくれるのだ。田嶋はため息をついて右手首に頭を凭(もた)せかけた。ある意味、息のつまりそうなほどの幸福感。

同居を始めてひと月になる田嶋と桂木の部屋は実は現在未だ別室だ。 した後はとりあえず一緒には眠るけれども、深夜になると目が覚めて結局部屋に帰ってくる。落ち着かないのもあるけれど、何より、いろんなことへの境界線が曖昧になりそうな気がしたのだった。

最初は文句を言っていた桂木だったが最近は諦めたようで、代わりに朝からこんな起こし方をしてくれる。それがいいのか悪いのか…。だって夜は夜でちゃんとするのだ。一晩2回。いや、桂木はそうかも知れないけれど、うっかり田嶋の方が絶対的にイカされる回数が多いのだから、これはちょっと、恋愛の絶頂期に結婚をした新婚さんのようではないか。

 

「おはようさん」

と、言って、顔を洗ってキッチンに入ってきた田嶋の口に、いきなり桂木は皿に乗せてあった朝食のウィンナを開口一番突っ込んだ。

「俺の代わり」

と、語尾の後ろにハートマークを3つほどつけたような満面の笑みで桂木はニコっと笑った。

何が代わりだ……。その場に立ったまま軽蔑気味に目を細め、田嶋は突っ込まれたウィンナを仏頂面でモグモグしながら 、何気に当初桂木が一緒に暮らそうと言ったとき の断り文句に使った自分の言葉をうすらぼんやり思い出してたのだった。

『あんたみたいなのが相手で、身体が持つとでも思ってんですか』

あれはあれで、結構当たっていたのかもしれない。

(1日3回…いや、4回か…。持つかな、俺……)

ゴックンとウィンナを飲み込んで難しい顔をした田嶋のことなんかに気づいた様子はなく、(気づいても敢えて無視するだろう)桂木は鼻歌まじりな上機嫌さで新聞を開きながら 熱いコーヒーを啜ったのだった。

 


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