想いのカタチ

(……つい買っちまったよ。どうすんだよ、こんなもん……)

別に値段で選んだわけではなかったが、選んだシロモノは結構な額がした。それが桂木が田嶋の指に一番似合うものを、と探した結果でもある。

会社近くの最寄駅で、桂木は愛用の薄いベージュのトレンチコートのポケットに両手を突っ込んで浅いため息をフッと洩らした。桂木が、出先に寄ったあの店で、指輪を買ってから実に1週間が過ぎようとしていたのだ。が、未だに手渡せる様子はなく、いつの間にやら指輪は桂木のコートのポケットの中へと住まいを構えるようになっていた。

多分恐らく桂木は、花丸商事一恋多き男である。贈り物の類は今まで何度かしたことがあるけれども、こういう、カップルの、しかも約束事の代表格とも言える指輪だなんて、買ってやったことも、ましてや贈ったことなんて一度もない。

そこまで思って桂木は苦笑した。よくよく溺れているらしい。

付いていた箱はなんだか、いかにも!な感じがしたので、買った当日ごみ箱に捨てた。だからポケットに入っている指輪は裸のままで、桂木はポケットに手を突っ込む度にあの店での出来事を思い出してしまうのだった。やっぱり今から考えてもあの時は、我ながら本当にどうかしていた。クリスマスが近いからだったのか?まったくもって、らしくない。

 

*    *    *    *    *

 

店に入ると店員が2名、あまり多いとはいえないが宝石店など人が大勢群がるところではない。それだけいれば、接客には充分に用が足りる。店のドアから入った桂木に声をかけたのは、その二人の店員のうちの若い女の方だったのだ。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「そこに飾ってある指輪を見せてもらいたんですけど」

桂木がさっきのショーウィンドウを指差すと、若い店員は、少し頭を下げて窓の方へ歩み寄った。桂木もその後をゆっくり付いて行く。

「指輪のサイズはおいくつですか?」

その時桂木は初めて気づいたようにハッとした。知らないのだ、田嶋の指のサイズを。

「あ、あー…ええと、すいません。ちょっと分からないんですが……」

そういうと、若い店員は 個人差がありますが指が細い女性の方は8号、9号あたりですよ、と暖かい進言をしてくれた。それを聞いて桂木は思わず苦笑いを浮かべる。

「いや、指はそんなに細くはないです」

178cmもあるような男の指で、8号、9号は驚異的だ。どう説明すれば良いのかな、と、ふと自分の指が視界に入った。そういえば身長と同じように手の大きさ自体は自分のとあまり変わらなかったっけ。指はもう少し細かったような気がしたが。

そのことを店員に告げると、今度は桂木の指のサイズを測らせろと言ってきた。店員は腰からたくさんの銀の輪が付いた輪を取り出すと、桂木のくすり指に合いそうなのを選んで、テキパキと慣れた手取りで順番に嵌めていく。

(……結構恥ずかしいかも……)

桂木は訝しげに眉間にしわを寄せた。そんなことを考えていたらピタリとあった指輪のサイズが合ったらしい。さっきまでサイズを真剣に測っていた店員が顔を上げて口を開いた。

「16号、ですね。では一回り小さいということは15号ぐらい……ふくよかな手の方なんですね」
「いや、結構骨ばってます」

女の指のサイズとしては15号は決して細い方ではない。店員は場を和ませる為に言ったのだろうが、桂木はついこう言ってしまったのだった。

「仕方ないだろう、男なんだから」

 

…………本当にどうかしていた。ポケットの内に確認するたび思い出し、決まってそこで桂木は苦笑する。別に『ふくよかな手の方』で済ませておけば良いものを、そんなことをわざわざ言わなくてもよかったのに、今思い出しても赤面モノだ。

だが、田嶋を隠すような嘘は一つだってつきたくなかったのだ。例えそれが通りすがりの店の店員であったとしても。

 

*    *    *    *    *

 

最近週末の定番は桂木のマンションの部屋になっていて、今週の金曜日だって例外ではなかった。バーで一杯引っ掛けて、豪華なホテルで宿泊も良いけれど、気の使わない自分の部屋で軽くグラスを傾けながら、ほろ酔い気分でする田嶋との情事はたまらなく心地良い。定時後の商店街の通りで、隣に肩を並べて歩く田嶋の横顔を横目で見ながら桂木は思った。

12月も半ばを過ぎると北風が身を縮ませる。桂木はポケットに手を突っ込むとその小さな存在をハッと思い出した。あの日に買った銀の指輪だ。今晩こそ、渡せるだろうか。

桂木の内心なぞつゆ知らず、田嶋は愛想話の一つでもするでなく、黙々と歩き続ける。その横を桂木もまた不思議な緊張感で同じように歩幅を合わせて歩くのだった。

(……渡せる、わけはないか)

気弱な内心を覗かせる。その時は気付かなかったがクールでドライな田嶋のことだ。指輪の一つぐらいであんな幸せそうな顔をみせるはずがない。『あんた、何考えてんですか』、ぐらいの冷たい返事が返ってくるかもしれないなあ、と桂木はそこまで思って、渡せた時の脳内シミュレーションを打ちきった。

商店街を彩るクリスマスの飾りも、すました顔で通りすぎる田嶋には関係ないといった感じで、ますます桂木の好機を遠くする。そこまで考えると渡すのはやっぱり止めておこうかとも思ったが……気持ちの一つぐらい形にして送ったってバチはあたらないだろう。いざという時の担保ぐらいにはなるかもしれない。

信号待ちの交差点の手前で、ふいに田嶋の足が止まった。なんだろうと桂木が田嶋の背中から窓を覗くと、まるでこの前、足を止めた店のような並びでアクセサリーが置かれてあったからお笑いだ。

「……何見てんだ」
「いや、いろいろあるなあ、と思って」
「欲しいのか?」

桂木はかなり意識をしてない、といった風な顔を作って言ったが、田嶋はまさか!というような顔をしてこう返した。

「あんたね、だれに言ってんですか。俺は男ですよ?喜ぶわけないでしょう」

そう言った田嶋の顔は、あんまりにもさっき桂木が想像したまんまだったので、ますますコートのポケットから出しずらくなってしまった。ああ、ああ。すまないな!その喜ぶはずのない指輪を買ったのは俺だよ、俺!!

桂木は少しムッとした表情で目を細めた。

もういっそ捨ててしまおうか?桂木は少し自暴自棄気味になったが、幸運の女神はいつ微笑んでくれるか最後まで分からないものだ。田嶋はショウウィンドウに視線を戻して言葉を続けた。窓から漏れる暖かな光が田嶋の顔を照らす。

「でも、『好き』とか『大切』とか……。そういう自分へ向けられた誰かの想いを形にしたものであれば、貰ってみたいですよね」

そう言ってショウウィンドウを見つめる田嶋の顔がなんとも綺麗に見えて、桂木はしばらく見とれてしまった。数分経ったか、あるいは数秒だったのかも知れない。今だ!と桂木は思った。

桂木はコートの中の指輪をギュッと握り締めるとその手を田嶋に差し出した。

「失くすなよ」

そう言って桂木は田嶋が言われるまま反射的に差し出した右手の上に指輪をのせた。そのシロモノをひどく意外そうな顔立ちで見つめていたのは田嶋だ。

「なんですか?コレ」
「指輪だ」

そのまんまの言葉に、右手に落としていた視線を桂木の目線に合わせて顔を上げた田嶋は声を上げたこう言った。

「そんなもん、見りゃ分かります。俺が言ってるのはどういうつもりのかってことです」

おいおい、俺達一応恋人同志だろう?どういうつもりって……他になんかあるのか?

それでも田嶋の眼差しはひどく真剣で、見られてるこっちの方が何か悪いことをした気分にもなってくる。桂木は意外な答えに少しうろたえたが、それでも、何とか言葉を見つけられたのだった。

「……そりゃ、あれだ。俺の『想いのカタチ』だ」

 

桂木自身が唱えた『指輪を送る男』の定義の中で、桂木は『残りの2割の、よほどのおめでたいヤツ』に成下っていたのだった。

  


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