― セ ピ ア ―



本当にどうなってるの、と佐々木は(頭を打ったせいなのかどうかは知らないけれど)ぼんやりと、上手く働かない頭でそう思う。

6畳一間のキッチンにある二人掛けのテーブルで上島と向かい合わせになったまま、佐々木は気まずそうに俯いた。思わぬ未来の有様に吹き出るのは冷汗ばかりで、小心者の佐々木としては正直動揺を隠せない……っていうのか !恐くて追及できないけれど、この人と俺は本当にデキていたのか!?

佐々木の疑問は最もで、生まれてこのかた21年、男なんかにときめきを感じたことなど一度もない。そんな自分が男とだなんて、到底信じられるはずもなく、確かめようもない事実を 目の前に、佐々木はただただ固唾を飲み込むだけだったのである。なのに、そんな佐々木の心の内なぞちょっとも関係なさそうに、目の前のこの男は悠々とタバコを吸ってなんかいる。

唯一過去と未来との自分を繋ぐ接点であろう頼みの綱の犬養は、上島にどやされて早々と家に返されてしまった。なので今!この部屋には上島と佐々木の二人しかいないという事実にも、逃避したい気分でいっぱいだ。

もの言わない上島を目前に、ある種の沈黙に耐えかねて佐々木は更に顔を俯けた。168センチという男として大して大きくもない身長は、その動作によってますます小さく見えたりもする。自慢じゃないけどプレッシャーには弱いのだ。

ふいに上島の手が動いて、反射的に佐々木はビクッと肩を震わせた。その様子に驚いたのは上島だ。吸ってるタバコの灰を落とそうと、テーブル上の、すぐ目の前に置かれた灰皿に手を伸ばしただけなのに、この驚かれようはなんなのだ。そんな脅すようなこと、した覚えもないけれど?

「…………」

ふうん。

上島は少し目を細めて佐々木をゆっくり品定めするような視線を突きつけた。そんな上島はよほどまでに恐いのか、佐々木は思わず座ったままで背筋を伸ばす。はて、こんな動きどこかで見たことがある 。

上島は首を少し右に傾けて、それでも絶対に視線を逸らしてやらない。目の前の佐々木のあからさまな緊張は、ある意味興味をそそられる。からかったら面白いだろうな、と。

向かい合ったまま、奇妙な雰囲気を募らせて数十秒。ふいに上島が気づいたように顔を上げた。ああ、そうだ。小学生ぐらいの、悪戯をして先生に叱られる直前の子供の格好によく似てる。

佐々木らしい、と上島は思わず口元を緩めそうになったけど、そこはそこ。脅かしついでにもう少し恐がらせておこう。

上島は手元のタバコを灰皿に押し付けて火を消した。

「聞きたいこと、あるか?」
「え?」
「だからこれまでのことで聞きたいこと」

上島が低い声でぼそりと言うと、その言葉に反応して佐々木はキョンとした表情で頭を上げた。

3年分の記憶をポッカリと抜かれたようなものだから、そりゃあ聞きたいことは山ほどにもあるけれど、それでも、こんな風に「なんでも聞け」とばかりに懐を全開にオープンされると、何から聞いていいものか、ちっともさっぱり分からない。

「あ、あの……」

とりあえず佐々木は繋ぎの言葉を出してみたけど、その先が続かなかった。顔を上げたのはいいけれど、視線が上島とモロに当たって、頭の中がカラッポにでもなりそうだ。恐い……。佐々木は思わずごくりと唾を飲み込んだ。

何か聞かなくちゃ、何か……。

佐々木は懸命に考えたが、心拍数の上がったこの頭では冷静なことなど聞けやしない。

「お、俺は一体どんな……」
「どんな?」
「あ、いや、いいです……」

最後の方には声がほとんど聞き取れないぐらいに小さくなり、実は何を言おうとしたのか、この佐々木本人にもさっぱりと分からなかった。とっさに口から出された言葉が結局これだ。

そのまま俯いてしまった佐々木を見て、上島はあ〜あ、と、思う。 そうはいってもその表情は「呆れ」ではなく、むしろ小さな子供を見守るようなそんな優しげ表情で、肝心の佐々木は少しも気づいていないだろう小さな微笑を上島は浮かべた。仕方がないな。

手持ち無沙汰にテーブルの上のタバコの箱に手を出して、上島は一本軽く口にくわえた。

「どんな、ね」

上島は佐々木に一瞥をくれると何事もなかったような顔をして、タバコの先に火をつける。キン、と、小さいくせに耳の集中力すべてを奪うような金属音を立ててライターの蓋を閉めると、上島は空を仰いで白い煙を吐き出した。

「そうだなあ」

上島はタバコを持たない左手で頬杖をついて、何か言いかけでもするように、少し口を開いてすぐ閉じた。そしてそこから、なかなか何も言ってくれない。自分をジッと見つめる黒い瞳とその沈黙が、数分にも及ぶと流石に佐々木も焦れてきた。

「あ、あの……」

一体何言うつもりなのか、勇気を出して佐々木は言葉を発したが、まるで遮るタイミングを計ってでもいたかのように上島が口を開いた。

「佐々木は脱ぐと結構すごかった」
「は?」
「中でも好きなのは×××で」
「え?」
「もっともっとと、いつもかしこもせがまれて」
「ええ、え?」
「俺は何度朝まで寝かされなかったことか…」
「ええぇぇええぇ〜〜〜〜〜!?」

と、佐々木の蒼白になった絶叫をそこまで聞いて、上島は一瞬の間の後思わず フ、と吹き出した。知らない自分の醜態に、今にもこぼれ落ちそうな涙を瞳いっぱい溜めた佐々木が、特別小さいチワワのようなまなざしで、こちらの方を見ていたからだ。

「嘘うそ!嘘だよ」

上島は大笑いしたいような気分を抑えて、クック、と肩で小さく笑った。

本当に、今とちっとも変わらない。上島は佐々木の方へ視線を移して、ふふんと微笑を浮かべた。

記憶なんかなくたって佐々木は佐々木のままなのだ。すっかりと、自分のことを忘れてしまっているけれど、やっぱり好きな気持ちは変わらない。

上島は立ち上がって佐々木の隣まで来ると、痛々しく白い包帯を巻いたその頭に軽く触れた。瞬間佐々木はビクッとしたが、すぐさま、なされるままにじっとして、まるで従順な子犬みたいだと上島は思う。

「二針縫ったんだって?今日は風呂はやめてもう寝とけ」

傷口に触れないように、髪をくしゃっとひと撫でして上島はそのまま部屋を後にした。

「……?」

なんだか不思議な感じがして佐々木は手のひらが触れたその場所に自分の右手をそっと重ねた。

 


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