想いのカタチ

桂木が会社を出たのは午後8時半過ぎで、自宅であるマンションのエレベーターに乗ったのが、9時を10分ほど回ったところだった。田嶋を本命と決めてから桂木の夜は早い。会社が終わってまっすぐ帰るようになったのだ。

ちょうど今夜はクリスマスイブとかいうヤツで、街や独身世代の人間は浮かれまくっていたのだが、実は桂木がこの世に産まれ落ちた日でもまたあった。尤も桂木が産まれたのは、もう12時も近い真夜中のことだったので、もうちょっと遅ければ25日にもなっていたらしい。子供がなかなか出来なくて半ば諦めていた両親にとって、この桂木圭吾という存在はあたかもサンタクロースのくれたクリスマスの贈り物のようであったという話だ。どうだ、いい話だろう。

別に誕生日を祝ってもらって嬉しい歳はとっくに過ぎたが、折角両想いになった、それも大事な大事な恋人がいるのだから、恋人達の一大イベントであるイブの日ぐらいはちゃんとしたデートを楽しみたかったなあ、と桂木はため息を洩らす。それでも、それはそれで仕方がない。年末年始には、有給をフル活用して大きな休みを取る予定なのだ。今頑張って片付けておかないと、仕事が残っているかと思えば気になって、おちおち休みも取れやしない。

肝心の田嶋といえば、今日は午後から客先周りで、『直帰』、と書かれた会社の動静表がひどく虚しく感じられた。それでも、仕事を優先させる堅い男の方が桂木は好きだ。

エレベーターが桂木の部屋の階で止まり、ゆっくり開く扉を出てすぐそこを左へ曲る。そのまま真っ直ぐ抜ける1本の通路の前に立ったとき、桂木は あっ、とひどく驚いた顔を見せた。だって、もう目前の桂木の部屋の前に、出先から直帰したはずの田嶋が立っていたからだ。

遠目に映る田嶋と確実に目が合った。腰まである通路の壁に持たれるように立っていた田嶋が、桂木の姿を確認して、ゆっくりと身体を起こして姿勢を正す。思いがけない嬉しい訪問に桂木は胸をときめかせたが、ここは大人だ。駆け引きと参りましょうか。

桂木は口角をやや上げて、その存在を確実に認識しながらも、ゆっくり構えるように歩いて田嶋の前で足を止める。桂木は敢えて素っ気無い口ぶりで田嶋に言った。

「どうしたよ、こんなところで。風邪ひくぞ」

そう言いながら、部屋のカギを開けて玄関に入れてやる。バタンとドアを締めると、振り向き様に田嶋の顔が視界に入った。暗くて表情は読み取れなかったけれども何やら神妙な顔立ちで、視線を合わせた桂木を、思わぬところでドキッとさせる。桂木は短く息をフッと吐くと、そんな素振りも微塵も見せずに、顔を下へ傾けた。

「やっぱりカギ、返さなきゃよかったんじゃねえの?」

部屋に入って待ってられたってのに……と、桂木が言い終わるか終わらないかのうちに、田嶋は桂木の腕をギュッと掴んだ。え?と思った次の瞬間、桂木は田嶋にキスを仕掛けられたことに気づいたのだった。

口内に侵入してきた舌は熱く激しく、そして甘い。二人はもつれ合うように倒れこみ、桂木はそのまま玄関に押し倒される形になった。馬乗りになったままの田嶋がゆっくりと唇を放す。フローリングの廊下に頭をぶつけた気がしたが、起こった出来事の驚きに、痛いとも感じない。

上からじっと射るように見つめる眼差しが、桂木の胸の鼓動を早くした。めちゃくちゃ、そそる。

「何……」

動揺と興奮が入り交じった頭で、掠れるような声を搾り出すように言った桂木の言葉を、遮るように田嶋が覆った。

「嬉しかったんです」
「は?」

何が……。本当に、桂木にはなんのことやら、ちっともさっぱり分からない。が、3日ぶりのこの刺激は桂木の理性を一瞬で吹き飛ばすには充分だったのである。田嶋、もう何も言うな。

上にまたがった田嶋の腕を掴むと反対に押し倒してキスの雨を降らせる。桂木が夢中で田嶋の口内を犯すと田嶋の口から唾液と吐息が漏れた。

「…ふっ……」

田嶋の甘くて切ない声は行為に慣れた桂木の、その冷静さをも軽く奪う。ゆっくり離された桂木の顔の輪郭を、田嶋の細い指がするりと撫でた。確かめるような田嶋の指先が、桂木の唇に触れて、合った目が揺れるように熱を帯びる。

「好きですよ」

バクンと音を立てたのは、田嶋のだったのか、それとも桂木の心臓だったのかは分からない。田嶋のその言葉と表情は、桂木の最後に残った僅かな理性を速効で吹き飛ばした。

「好き……」

田嶋の手のひらが、その先の行為を促すように桂木の顔を引き寄せる。桂木は誘われるまま田嶋の口に自分の唇を重ねた。頬に触れていた田嶋の両手が桂木の首に回される。ガチガチと歯のぶつかる音が頭で響いて、その時桂木は、初めて自分がひどく飢えてることに気がついた。他の誰でもない、田嶋に、だ。

桂木はネクタイを緩めてシャツのボタンを外すと、身体のいたるところにその跡を付け始めた。

「あっ……ん…」
「一臣……」

耳元で、舐めるように熱く囁く。桂木はあの日以来田嶋を抱くときには名前を呼ぶようになった。気付いているのかいないのか…、田嶋は耳元で名前を囁くととてもいい反応をするのだ。桂木は貪欲に田嶋を貪り続けた。

 

*    *    *    *    *

 

(驚いた……)

 

二度目の行為の後で、ベッドの横で丸くなって安らかに寝息を立てる田嶋を見ながらぼんやりと、桂木はそんなことを思っていた。

本当に田嶋にはいつも驚かされる。こないだの素っ気無さとは打って変わって、今日のこの激しさは一体全体なんなのだ…。枕元に置いてある、ラッキーストライクの箱を取り、1本、と桂木が煙草をふかす。起きてるわけでもないけれど、チラッと桂木は田嶋の顔を盗み見た。

情事の後の田嶋の顔は、眠りにつくととても無防備な表情をする。眠っているとキレイだけれども可愛くもあり、いつもの憎らしくて素っ気無い田嶋とはえらい違いだ、と桂木は苦笑する。

ふ、と目の前に置かれた田嶋の右手に視線を止めた。

「…………」

んん?!

桂木はガツッと、田嶋の右手を勢いよく掴むと、至近距離に顔を寄せた。

(指輪だ!田嶋が指輪をしている!!)

思ったとおり田嶋の指によく似合う。右手だけれども、ちゃんと薬指に嵌めているではないか!

『嬉しかったんです』

と、廊下で押し倒された時の田嶋の言葉がなんとなく、ポンと桂木の頭をついて出た。

(……まさか、わざわざ…つーか、今頃それを言いにきたのか?)

あれからどれだけ経っていると思うのだ。だがしかし、思い当たるふしは他にない。だとしたら、だとしたら……最っ高に狙った誕生日プレゼントではないか!

桂木はそこまで思ってにんまり笑った。田嶋が自分の誕生日なんて律儀に記憶しているとは到底思えなかったが、29年間。予想もしなかった分だけに、今まで貰ったプレゼントの中で一番嬉しい贈り物かもしれない。

田嶋の右手の薬指に魅入っていると、今の勢いでとっくに目を開けていた田嶋が、いつもの無表情な顔でこっちを見ていることに今更ながら気がついた。思わず焦って掴んだ右手はそのままに、桂木はなんとも気の利かない言葉を口にする。俺はホントに百戦錬磨の色男か。

「あ、悪り……起こして…た?」

田嶋は身体をベッドに沈めたそのままで、下から投げた視線でニヤッと笑うと桂木にこう言った。

「嬉しいですか?」
「うん。嬉しい」

真剣な顔で迷いなく、素直な返事をした桂木に少し戸惑う。田嶋は何かを言おうと口を少し開けて、また閉じる。3秒ほど間を置いて田嶋はさっき言おうとした言葉を口にした。

「俺もですよ」

そう言ってベッドの中で笑顔を浮かべた田嶋の顔は、桂木が見た中で最も極上の微笑みだったのだ。

 

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