『二つ後輩の営業部員』である田嶋と、どうしてこんなことになっているのか、と桂木はいつも思う。

朝の気だるいベッドの上から、数時間前の情事の激しさが微塵にも感じられないセイセイとした背中に向かって、桂木圭吾は声をかけた。

「なあ、もう帰んの」

時計は朝の9時をまわったところだ。ジーッ、とファスナーを上げる音が聞こえて、その後を追うようにカチャカチャと、ベルトを締める金属音が桂木の耳を刺激する。この音は人を変えてずいぶんと聞いているが、こと田嶋に関しては何故だか未だに馴染めない。

「まあ、することはしましたから」

田嶋一臣はいつも会社でよく見せる、端正なのに無表情な顔立ちでそっけなく言った。そう、することはした。今朝に1回、昨夜に2回。アイツも結構元気だな、と桂木は思う。

田嶋と身体を重ねるのは実質これで8回目だった。そうは言っても、実は二人は恋人同士なんかではない。れっきとした、ただの同僚だ。話すとちょっと長くなる。
 

ふうん、という顔つきをして桂木は更に続ける。

「予定でもあんの?今日は土曜日だぜ。まあゆっくりしていけよ」

桂木はまるで田嶋を引きとめるかのようにそう言った。いつもは遅くなっても絶対に泊まっていくようなことはしないのに、今日は一体どういう風の吹きまわしなのか。朝食の席で、是非ともゆっくり聞いてみたい。

桂木は180にも近い大きめの身体をベッドの上に横たえたまま、笑った。もともと色素の薄い髪が、窓から入ってくる光のせいで更に薄く見える。

そんなセリフもお構いなしに、田嶋はネクタイを締めながら素っ気無く返した。

「したきゃ、他の人呼べばいいでしょう」

半分呆れたようにも見える顔で、田嶋ときたら視線も合わさない。桂木とはこういう関係だと割り切っているようにすら感じられる。それは仕方のないことか。本気になるには、桂木のような男はあまりにも、すれた男関係が多すぎるのだ。

「お前なぁ……」

人をセックス・マシーンみたいに、と言いかけて、ちょうどその時、桂木の携帯が64和音の着メロを鳴らした。慌ててベッドの横のサイドテーブルに手を伸ばす。その様子を興味無さげな素振りで、スーツの上着を羽織った田嶋は、鞄片手に部屋を出ようと背を向けた。

「……は、こちらこそお世話になっております」

それを聞いて、田嶋の足はピタリと止まった。ゆっくりと桂木の方を振り返る。

「ああ、それは大変ですねぇ。はあはあ、食器棚……ええと、型式、お願いできますか……ええ、色はブラウン、はい……」

どうやら仕事の話みたいだ。田嶋は身体の向きを変えると電話が終わるのを待った。

「では、遅くともお昼過ぎには、そちらに伺わせて貰います。はい」

男関係は腐っていても、さすがはやり手の営業部員だ。顔なんか見えていないのにピシッと背筋を伸ばして、いわゆる営業スマイルなんかを浮かべている。変なところで田嶋は感心した。

桂木が携帯を切って顔を上げると、去ったと思ってばかりいた田嶋が、ドアの前で立ったままこちらを見ていた。

「仕事ですか」
「ああ。『マイ・ルーム』の緒方さん。今日納品予定の家具が運搬の際に傷モノになったんだと」
「へぇ」
「在庫ないかってんで、電話くれたらしい」
「あるんですか?」

田嶋が聞くと、桂木は あるさ、と、あっさり答えた。

桂木たちの勤める花丸商事は、インテリアを中心に、家具、雑貨を取り扱っている中堅会社だ。桂木の所属する営業部は本社にあるが、納品の近い品物以外は通常手元に置いていない。社に在庫がないとなると、遠く離れた倉庫まで取りに行かなければならないところだ。しかも頼まれた品物があるかないかもよく分からない。

「今ちょうど1Fのショールームに展示してる。色がパインなら置いてなかったんだが……」

社にある在庫、全部覚えてるのか。田嶋は感嘆の意をもらした。

桂木のこういうきめの細かい仕事ぶりは見習うところが実に多い。入社3年目にしてトップクラスの契約率を誇るだけのことはある。

田嶋はキチっと襟元をただすと、いつもの無表情な顔立ちで桂木に言った。

「じゃ、行きましょうか」
「行くってどこへ」

桂木は何のことか分からない、といったふうに答えた。

「納品。一人じゃ運べないでしょう、食器棚なんて大きなものは」

 

*     *     *     *     *     *

 

普段は電車通勤であるが、休日ということで桂木の白いプリメーラで会社につけた。

営業部に着くと、桂木はショールームの展示品を管理している担当者に電話をかけて、商品持ち出しの旨を伝えた。その間にパソコンを立ち上げた田嶋が納品書を作成する。受け取りの判子をきちんと貰っておかないと、後々面倒なことにもなりかねないからだ。新人でありながら、頼んだわけでもないのに効率よく作業を進める田嶋は大したものだと桂木は思った。

「さてと」

問題の食器棚には傷がないか、前から横から桂木は慎重に確かめる。

上下に分解出来るとはいえ、2m近くもある食器棚を乗せるには、桂木のセダンである白いプリメーラでは無理がある。社用車を借りなければならないな、と思っていたら背後から社用車の鍵を持って、田嶋が立っていた。無言でキーを桂木に差し出す。

「さっさと、積んじゃいましょうか」

 

手際よく作業を済ませられたおかげで、ずいぶんと早く商品を納入することが出来た。11時―――。

思ったより早い納品に、店の店主はえらく感激していた。「無理言ってすいません」、とひたすら恐縮する店主に、仕事ですから、と嫌味のない笑顔で桂木は言う。誠意のこもった接客―――。営業部員の手腕はこんな時こそ試されると言っても過言ではない。田嶋はそのやり取りの様を一部始終見つめていた。

仕事ぶりだけ見ればかなりの好青年に見えるのに、と田嶋は思う。まさか夜な夜なバーやらハッテン場なんかで、後腐れない男達と、次々と関係を作ってるとは思えない。とそこまで考えて田嶋は自嘲した。後腐れのない男……なんだ、自分も大して変わらないじゃないか。単に会社で毎日顔を合わせているというだけで、ステディでも何でもない。

田嶋は目を伏せて桂木に背を向けると、外に駐車している社用車の方へ歩き出した。

 

*     *     *     *     *     *

 

わざわざ堤防沿いの道に車を止めて、河川敷のベンチの上で遅い朝食兼用の昼食をとる。

桂木はわがままだ。梅雨に入ったばかりの、初夏ともいえる6月上旬の蒸し暑さに、車内なんかで食べてられるか、と言って聞かなかった。今にも雨がふりそうな天気だというのに……。

帰りに寄ったコンビニサンドイッチの最後の一切れをつまむと、田嶋は缶コーヒーをグイっと飲み干した。副食に購入した厚焼き玉子の一切れを、一口で口に入れる。その横顔を気づかれないようにそっと桂木は盗み見た。

(あー、顔は大変に好みなんだがなあ……)

桂木はいつも思う。長いまつげ、面長な輪郭、鼻筋のとおった顔。漆黒の髪の色がそれらを全部統一して、いっそう美しい印象を持たせている。田嶋はいわゆる『美人系』だ。しかしちっともよく分からない。性格が。

桂木は残りの缶コーヒーを呷った。

それなりの関係を持ってるくせに、桂木のだらしない男関係については一言も触れない。田嶋もそういうヤツなのか……。関係を持って2ヶ月以上になるけれど、他の男の影なんて見たことも感じたこともない。田嶋に関しては謎だらけだ。

ポツンと桂木の旋毛を何かが濡らした。

「あ……」

上を向くと、バラバラと大粒で落ちてきた雨が、あっというまにどしゃ降りの雨に変わる。いきなり降り出した雨の襲撃で、ものの1分もしない間に二人の服はずぶ濡れになった。服だけじゃない。髪も時計も、ハンカチも、内ポケットに入れたタバコの箱までぐしゅぐしゅだ。

「うわ……っ、こりゃ堪んねぇ、田嶋……」

早く、車に戻ろう、と言いかけて桂木の視線はそのまま田嶋に釘付けになった。

シャツが雨をたくさん含んで、肌にペッタリと張り付いた部分の肌が透けて見える。田嶋ときたら別段不快そうな顔をするわけでもなく、いつもの無表情なその顔立ちで空を仰ぎながら、降ってくる雨をただ見ているだけだった。

……ただ、ただそれだけの仕草なのに、桂木はまるで吸い込まれるような感覚で田嶋を見つめた。雨の音も、濡れた服の不快な感触も、時の流れさえ、まるですべて物が遮断されたように静かになった。視線に気づいたのか、田嶋の顔がゆっくりこちらを振り向いた。

きれいに整った田嶋の顔の輪郭を、雨の雫がポタポタと垂れる。なんとなく、エロティックだ、と桂木は思った。

ゴクッと生唾を飲み込むと、桂木は田嶋の手を強引に引いた。

「早く、車に乗れ」

風邪引くぞ、と田嶋は促されるまま車に入ると、助手席のドアを閉めた。反対側の運転席から桂木が乗り込む。雨を含んだスーツの上着を脱ぐと後ろの座席に放り込んだ。

「ほら、早く拭けよ」

桂木はそう言って車のダッシュボードを開けると、ガソリンスタンドで粗品に貰ったタオルをビニール袋から取り出して、田嶋の頭をガシガシ拭き始めた。慌てたのは拭かれた田嶋だ。

「ちょっ、ちょっと、桂木さん!」
「なに」
「あんただって、ずぶ濡れじゃないですか。ハンカチぐらい、持ってます。先に自分を拭いて下さい」
「いいんだって。なんかそっちの方が可哀想に見えんだよ」

桂木はそう言うと、頬に触れていた右手の親指を田嶋の下唇に当てた。驚いたような顔をして、田嶋は弾かれたように桂木を見た。

「桂木さん」
「なに」
「顔が近いんですけど」
「それが?」
「まさかとは思うんですけどね」
「けど?」
「こんな、ところで……」

田嶋の言葉は途中で遮られた。

桂木は軽く触れた唇を少し離すと、田嶋の目を見つめて再び口付ける。角度を変えて、今度は深く田嶋の口内をゆっくりと貪った。その絶妙な間の取り方に田嶋はいつも感心する。まるでドラマのワンシーンみたいだ。

だが、今はそんな呑気なことをいってる場合ではない。ここはどこか?……狭い、車の中なのだ。しかも堤防沿いの道のど真ん中ときている。人通りはかなり少ないけれど、こんな明るい時間に窓から覗かれでもしたらシャレにならない。

田嶋は慌てて桂木の肩に手をかけると、繋がった唇を引き離すように力を込めて押し戻した。不愉快さを隠さない田嶋に対して、当の桂木ときたらアレッ?という驚きにも似た表情で田嶋を見ている。

「あんた、こんなところで何考えてるんですか!」
「何って……」

ナニさ。桂木はちらっと頭の奥でそんなことを思ったが言うのをやめた。田嶋が怒ったように眉間にしわを寄せたからだ。

「こんなところ誰かに見られたら、一体どうするんですか」
「何も見えやしねぇよ。ほら」

桂木は窓に向かって促すように顎をしゃくった。その動きに合わすように田嶋の視線も窓に移る。……確かに。

窓の外では沢山の雨が、まるでバケツでもひっくり返したように勢い良く降り注いでいて、遠くどころか近くのものも見えやしない。激しく降り注ぐ雨がアスファルトに叩きつけられて、跳ね上がったしぶきが白い霧を作っていた。だが、それがどうしたというのか。こんなスコールみたいな雨、いつ止んでしまうか分からない。

再び視線を戻すと、驚いたことに桂木は座席の椅子なんかを倒している。

「ちょっと……」

声をかけてみたが、桂木はちっとも聞いてなんかいない。そうかと思えばいきなり持たれかかるように迫ってきて、田嶋の側のシートも倒した。一連の行動はどれをとっても続きをしようと言わんばかりで、そのマイペースぶりに思わず田嶋は閉口する。まったく、この男の頭の中には毎回毎回ソレしかないのか。

「あのねぇ」
「なに」
「仕事中でしょう」
「だから」
「さっさと社に戻って車、返してきましょうよ」
「尤もだ」

適当に言葉を返しながらも桂木の頭の中にはたった一つのことしかなかった。田嶋のシャツの下にある、敏感で淫らな身体――――。

桂木は渇きを癒すように、上唇を舐めた。左手が田嶋の頬に触れる。聞いてるんですか、と怒った田嶋の声が聞こえたような気がしたけれど、そんなこと、もうどうだっていい。

至近距離に合った顔を一気に近づけると、桂木は田嶋の耳に息をフッと吹きかけた。予期せぬ行動と、耳の奥まで入りこんできた生温かい風に、思わず田嶋は首を竦めた。ビクッと鳥肌が立つ。桂木は田嶋の耳の穴に舌を入れると、そのまま舌先でねっとりと掻きまわした。耳の外側も丁寧に甘噛みしてやる。

「……ぁん……っ…」

田嶋の頼りなげな声が小さく漏れた。

「もっと聞かせろよ……」

ボソボソッと耳元で囁かれたその声は、二人が親密に近い距離にいることを否応にも意識させて、田嶋の背中をゾクゾクさせた。

「……ッ……」

耳っていうのは結構淫らな部品だと桂木は思う。耳元で淫猥な音を立ててやると、田嶋の下半身がダイレクトな反応を見せた。それをズボンの上からチラっと確認すると、桂木はゆっくりと、耳から首へ愛撫を広げる。攻めたてるように強く首筋を2、3回吸うと、田嶋の口から小さな悲鳴があがった。

「……桂木さん…っ、ちょっと、や……」
「やめて欲しい?」

嘘だろう、と桂木。いつの間にボタンを外したのか、開かれたシャツの中で顕わになった胸の突起を桂木は指でつまんだ。田嶋の身体がビクンと大きく跳ね上がって切ない喘ぎ声が漏れる。

「…ぁあ……っ……」

昂ぶる気分とは裏腹に、濡れたシャツが体温を奪って、ずいぶんと身体が冷たい。

桂木は弄ぶように、田嶋の色好い乳首を指で転がした。その淫らな指の動きに合わせて、田嶋の身体も敏感な反応をみせる。やがて首を吸っていた桂木の唇が反対側の突起を攻め始めた。あっ、と小さな吐息を漏らして田嶋の背中がしなやかに仰け反る。田嶋の背中に、ゴツゴツと車のドアが当たった。

やっぱちょっと狭いか、と桂木は思ったが、もうどうにも止められない。それに、こういう滅多にないシュチュエーションってちょっと燃える。チラッと視線を上に上げると、目を伏せた田嶋の表情が切なげに喘いで、当たり前だが、昨日の夜とおんなじ顔だ、と桂木は思った。桂木は田嶋のこの顔が大好きだ。まず会社では絶対に見られない。

右手の動きはそのままに、桂木は田嶋の目線に顔を上げるとゆっくりと唇を重ねた。さっきと違って抵抗しない。田嶋の少し開いた口から確かめるように舌を指し入れる。受け入れるように田嶋の口が開くと、桂木はその奥に隠れていた赤い舌を吸った。うん、と吐息が漏れると、今度は返すように田嶋の舌が桂木の口内に進入してくる。クチュクチュという唾液の淫猥な音が、桂木と田嶋の心拍数を急速に上げた。

車の天板に雨が当たるバラバラという独特な音と、二人の息遣いだけが狭い車内に響く。

「…ハァッ……、ハッ……」

下半身に手を伸ばすと、田嶋のそれは十分な堅さになっていて、ズボンの上からぎゅっと掴むと田嶋の身体は大きく揺れた。衣服の上から擦るように手を動かす。

「……あ、あ……ぁん……っ」

田嶋の手が桂木のシャツをきつく掴んで、小刻みに震えた。黒いベルトに手を伸ばすと、桂木は器用に金具を外していく。その手際はいかにも鮮やかで、相当な場数を踏んでいることを匂わせた。

「足、開けよ」

桂木がそう言うと、目こそ合わさなかったが、田嶋は素直に座席のシートに震える右足を乗せた。

ベルトが外れると、桂木の手は躊躇なく田嶋のそれに直に触れる。確かめるように先に触れると、透明な粘液がほとばしるように溢れていて、その昂ぶりが演技でないことを桂木に知らせていた。

「……ぁあ……っ……」

田嶋のモノを軽く握り、2、3度扱いたところで、桂木の口が田嶋の中心を包んだ。先走りのしょっぱい味が口内に広がる。同時に田嶋の身体が弾けたように反り返った。口の中で弾くように愛撫すると、その度に田嶋の身体が敏感な反応を見せて、桂木の征服欲を多いに満足させる。口を上下に動かして更に田嶋を攻めたてた。一定のリズムで与えられた刺激は、田嶋の身体を急速に絶頂点へと近づける。田嶋の身体がブルブルと震えた。

「……っ、はぁ……」

ため息にも良く似た吐息が漏れると、田嶋は伏せていた目を薄っすらと開けた。眼下に自分のモノを咥えて愛撫する桂木の顔が視界に入る。男は視覚的に興奮する生き物だと言うけれど、本当にそうだと田嶋は思った。舌で、口で攻められながら、田嶋は桂木のその顔にかつてない興奮を覚えた。

ふいに桂木が田嶋を咥えたままの格好で上目使いに田嶋を見上げた。目が合った。既に上がりきっていた田嶋の体温が更に温度を上げる。心臓が大きく高鳴った。

『なあ、気持ち良い?』

桂木の挑戦的な瞳はまるでそう言いたげに自信に満ちていて、その目で見つめられただけで射精しそうだ、と田嶋は思った。上下していた口に、口内の舌の動きが加わって、田嶋を一層攻めたてる。桂木の手が、更に田嶋自身に触れて、愛撫に加わると、田嶋の両手が狂ったように、桂木の色素の薄い髪を掻き乱した。

「あっ、あっ、あっ……ふっ…!」

唾液と、自身から溢れた蜜とが、ピチャピチャといやらしい音をたてて、聴覚をも刺激する。口と手で、同時に激しく動かされると田嶋の頭はもう何も考えられないくらいに真っ白になった。

「……ぁあ……もう……っ」

桂木のシャツをきつく掴んだ田嶋の手がみるみる白くなる。

「でる……っ」

大きく仰け反ると、田嶋の身体は小刻みにビクビクッと震えた。

ハァハァ、と涙目で呼吸を荒げる田嶋を見ながら桂木は、口端からわずかに漏れた白い精液を右手の親指で拭った。それをそのまま舌で拭き取る。桂木のその様を、肩で息をしながらも無表情な顔立ちで、冷ややかに田嶋は言った。まるで。

「……ケダモノですね」

そう言われて桂木は、満足げな笑みを浮かべてこう返した。

「なんとでも」

 

*     *     *     *     *     *

 

まったく気分は最悪だ。田嶋は揺れる、帰りの車の中でそう思った。あんなところで欲情するなんて、本当にどうかしている。

愛車である白いプリメーラを運転する桂木を横目でチラリと見た。結構ご機嫌な様子で鼻歌なんか歌っている。田嶋は反対側の窓に視線を変えた。

「なあ」

ふいに声をかけられて、田嶋はいつもの無表情な顔立ちで桂木の方をゆっくり向いた。桂木はまっすぐ前を向いたままだ。

「朝さあ、帰ろうとしてたけど、なんか予定でもあんの?」
「予定って、別に……」
「あっ、そう」

そこまで聞いて、桂木はニヤッと笑った。

「うちで、風呂でも入ってく?」

はあ?という顔をして、田嶋はよくわからない、といった表情を浮かべた。

「服もビシャビシャだし、早く温もらないと、風邪、引いちまうぜ」

乾燥機もあるし……そう言って、桂木は田嶋の濡れたシャツを引っ張った。

「別に結構ですよ、自分のうちで入ります。近くの駅で降ろして下さい」

冷めた目で、まったく気の無い返事をする。桂木は苦笑いを浮かべると田嶋に言った。

「おいおい、奉仕損にさせる気か?」
「奉仕損って……あんた、さっき聞いたら自分はいい、って言ったじゃないですか」
「車では、ね」

赤信号のブレーキで車が一旦、停止する。

「狭い車じゃ気になって、楽しく激しくできねぇじゃねぇか」

ニヤニヤと嬉しげに笑う桂木を見て、やっぱりケダモノだ、と田嶋は思った。


end.

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