夏 の 休 日


昨日までの上島の長い休日は最悪だった。何を隠そう、夏の恒例、墓参りに馳せ参じたのはいいけれど、島根の実家はいかんせん居心地というものが悪いのだ。なぜなら、あの喧しいことこの上ない姉たちが、二人そろってちゃっかり家にいたから なのだが。

上の、家とりの姉は仕方ないにしても、2番目の姉は墓参りはともかく、嫁に行った身分としてはちょっと長居し過ぎじゃないのか。向こうの家には行かんでいいのか、と思ったぐらいだ。

口喧しい姉たちは、やれ仕事がどうだの、やれ恋人が出来たのかだの、次から次へと突っ込んでくる。危うく携帯の履歴まで見られそうになったから大変だ。早々に撤退したかったものの、盆と正月にしか帰らない親不孝かと嘆かれて、結局今年もまた先祖を送る 送り火までの期間を送 り、上島にしては珍しく、ヘロヘロとした状態で部屋に帰ってきたのだった。

実家が都内にある恋人の佐々木は一日早く帰ってきていて、大好きな主人を待ちわびる子犬のようなそんな感じで、気持ちよく上島を出迎えた。その嬉しさと感動といったら、ちょっとやそっとじゃ伝えられない。出迎えられた玄関先でぎゅうっと抱きしめ、しばらくそこから動けなかったほどなのだ。

 

長期連休の残り二日の朝にして、初めて上島は「ああ、休みだ…」、と、心の底からホントに思った。いつもどうりにあどけない顔で隣に眠る恋人と、慎ましくて静かな空間。ほっとするのだ。

「メシ作ろ……」

呟いた上島が布団から上半身を起こすと、すぐ眼下にいる佐々木もショボショボながら目を覚ましてこちらを見ていた。

「おはようございます……何時ですか?」
「8時半。まだ寝る?」
「起きます…」

と佐々木は言ったが、身体の方はまだ布団に未練たっぷりな様子で何度か首を上げたり下げたり、見ている上島の方が可笑しくなってしまった。

「寝とけよ」

笑って言うと、上島はさっさと布団から出て行った。

一番に洗濯機を回しておいて冷蔵庫を覗き、有り合わせのもので朝食を作る。いやはや、長い間家を空けた上、買い物をして帰ってこなかった故にろくなものがなかったが、とりあえず冷凍庫に凍らせてあったロールパンとハムとで簡単なロールパンサンドを作ってやった。切ってマヨネーズ塗って挟むだけ……我ながら手抜きだ 、と上島は苦笑を浮かべた。

上島の言う、そんな手抜きの料理さえも佐々木は感心して実に美味しそうに食べる。尤も佐々木に言わせてみれば、このただ挟むだけの手間がひどく面倒くさいらしい……というか、そんな細やかなこと思いもつかない。書いてる作者も気持ちが分かる。

簡単に作った料理を簡単に食べて、佐々木は牛乳、上島はコーヒーを飲んだ。今頃牛乳飲んでも大きくならないんだぞ、と上島が冗談交じりに言うと、男は25歳ぐらいまで伸びるんですよ!と 佐々木。それから 「あ、あと2センチぐらいは…」 と、申し訳なさそうに小さな声で付け足すように言う佐々木はひどく可愛らしい。

ニヤニヤしながら見ていると、視線に気づいた佐々木はニコっと笑顔を浮かべた。

こんな佐々木を見るたびに、何故だかいつもエルガーの「愛の挨拶」が上島の頭の中で流れる。しかもそれは、チャーミングに聴こえるバイオリンではなく、しっとりとした趣のチェロの音色で。

上島にとってこの曲は、自分をとても居心地の良い場所に連れて行ってくれるお気に入りの一曲なのだ。ひどく、満たされた気分にもなれる。チェロの練習曲のように、凝った技法もなく、ただただ優しく、美しい旋律を奏でるこの曲は、幸せを歌う一曲なのだと上島は思う。

 

「いい天気……」

食器を洗ってる間に出来上がった洗濯物を干し終えて、佐々木はベランダに吹く熱風に目を細めた。こんな日は外にもいかずにダラダラと、温度を高めにクーラーをかけながら上島とゴロゴロとでもしていたい。学生時代と違って社会人の短い夏の休日は今日と明日の二日しかないのだ。

そんな佐々木のささやかな願いが通じることもあるのか、部屋の片付けもそこそこに、上島はダイニングに続いてる6畳間に寝そべっ て雑誌なんかを読み始めていた。背中が 『きょうはもう仕事しない』 、とあっさりきっぱり宣言している。なんだかその光景に佐々木はすっかり嬉しくなって、その隣にチョコンと腰掛け 、リモコンボタンでテレビの電源をプツっと入れた。

尤も部屋を空ける前に、きっちり掃除はしていったのだから今頃手を入れるところなどどこにもない。もちろん、上島の下心として帰ってきた後の休暇を有意義に過ごすために、だ。

窓の外からはきついであろう夏の日差しの眩しさと、子供たちの遊び声が聞こえてくる。いかにも 、な、それでいて心の休まるいつもの休日風景に上島は目を細めた。エアコンで適度に保たれた室内温度が心地良い。

上島はめくっていた雑誌の手を止めて頬杖をつきながら、そのまますぐ隣で両腕で抱えるように膝を立て、そこに顎を乗せながら、特別大した内容があるとも思えないテレビ番組を一生懸命に見ている 佐々木の様子を盗み見た。

172センチという小さくもないが特別大きくもない、少年のような面影を残した佐々木はたまらなく上島の溺愛を誘う。もともと童顔のその顔は、最近、上島が思わずドキッとするぐらい大人びた 表情を見せるようにもなった。それでも、小型の座敷犬のような性格は未だ持って健在で、思わずそのギャップにグッとくるのだ。

上島は、もはや関心の薄れた雑誌を開いたまま、佐々木の背中を指先で軽く叩いた。

「あ、すいま……」

佐々木は慌てて背筋を伸ばし、視線を上島に向ける。え?という顔をして上島の方をじっと見つめたが、上島は合った視線を逸らすどころかニヤっとした微笑を浮かべながら佐々木の顔を覗いてたりなんかして、 今度はその指先が抱えられた足のふくらはぎに触れるのだった。

「……あ、あの……」

視線を外した佐々木の顔がどんどん上昇してきて、やがて伺うようにチラリと上島の顔を見た。面白くてしょうがない。

上島はムクリと身体を起こして同じ目線に座ると、思わず人目を引くような魅力的な微笑を浮かべたその顔を、ぐっと佐々木の目の前に近づけた。

「あの……・」
「テレビ」
「え?」
「テレビ、気になる?」
「い、いえ……」

内容があるのかどうだか分からないテレビ番組なんかより、もうすぐ目の前の上島の顔の方がよっぽ気になる。佐々木は視線を逸らせて顔を下へ俯けた。

(お、落ち着け、俺……)

初めて関係を持ったあの日から、9ヶ月にもなろうというのに佐々木ときたら、いつまで経っても初心を忘れないペーパードライバーのような反応を上島に向ける。尤もそういうところが佐々木らしい。

なかなか顔を上げない佐々木の手をグイっと引っ張って上島は、その唇を一気に奪った。

「ん……」

口の端から小さな声を洩らした佐々木の口内を、上島はゆっくりと丁寧に舌と唇で舐め上げる。佐々木の横にあったテレビのリモコンを手に取ると、上島は唇を重ねたままテレビのボリュームを少し上げた。

「あ……っ、あん……」

耳を軽く甘噛みして舌を這わせながら、上島の手はシャツの中へと入って佐々木の声を上げさせる。そのままその場へ押し倒して、上島はキスの雨を降らせた。控えめな、それでも程よい感度で答える佐々木がひどく可愛い。

上島の頭の中で「愛の挨拶」が何度も回った。

 

*     *     *     *     *     *

 

目を覚ますと既に時計は夕方の6時前を指していて、思わず上島をはっとさせた。

「もうこんな時間か……」

上島は目を細めて不機嫌そうに時計を睨んだが、進んだ時間は確実に過ぎていて、それを悔やんでいても仕方がない。身体を起こしてシャツを上に着ると、上島はかけてあったタオルケットを佐々木にかけ直して、朝干した洗濯物を取り込むためにベランダへ続く大きな窓をガラッと開けた。

お日様の匂いがする。

手に触れた洗濯物から、太陽の余熱が伝わってきて、外の暑さを伝えていた。ベランダから見える空はまだまだ明るいのだろうけど、一時のような力強い光は失われ、当たりをぼんやり薄く包み込むようなオレンジ色が、もうあと数十分で日没になるだろう空気を告げている。

約束を交し合う子供の姿が視界に入り、しばらくぼんやり見つめていると、寝ていたはずの佐々木が隣に立った。取り込みかけの洗濯物に手をかけながら、視線を合わせて照れくさそうに笑う。つられて上島も微笑を浮かべた。

短い夏の休日は、終わってなんかいやしない。まだ一日と数時間も残っているのだ。



end.


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「愛の挨拶」の試聴先はこちらから。(※WindowsMediaPlayerがいります)
でも途中で切れてるんですよ…(苦笑)
 

 

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