※この作品と一緒に風花さまの「学習しなさすぎ」を
お読みくださいますと一層話が分かりやすくなります
反省しなさすぎ
もう、めちゃくちゃどうしようもない、と田嶋は思う。何がって、忘年会から流れ込んだ二次会のこの席で、ほろ酔いどころかだらしなく酔っ払った目の前のこの男に、である。 深夜の2時を回った今となっては昨日の事だが、時間的には数時間前の出来事だ。19時から始まった営業部の忘年会で、田嶋はひょっこり高校時代の先輩と偶然出会った。そして桂木の強引な誘いでその先輩である梶原と共にそのまま二次 会へと席を移したのだ。その後の呆れた有様を田嶋は当分忘れることはないだろう。 そして今、もっとも呆れる事態がこれだ。 店内を入ってすぐのドアのところで、その有様を確認するやいなや、田嶋は内心呆れた、それでもそれを表情に出さないまま半ば軽蔑を隠さない顔立ちで、田嶋はゆっくりと目を細めた。 10時過ぎに訪れた二次会の舞台であるこの店で、桂木と梶原は完全に意気投合し、すごいペースで酒を呷った。そのピッチときたら横で見ていて開いた口がふさがらなかったほどである。 あまつに酔った二人は、その店のだだっ広いフロアで野球拳なんかを始めてしまったのだった。酔った二人がどこまで脱いだかといえば……名誉のためにこのまま黙っておくことにしょう。 眩暈のするような怒濤の宴会はたった今終わり、野球拳が始まる辺りから同僚であるはずの三好も西郷も犬養も姿を消した。そりゃそうだろう。こんなぐでんぐでんに酔っ払った二人の相手を、幾分アルコールが入ってるとはいえ意識は素面の田嶋だってしたいはずもない。 「ああ、先輩。大丈夫ですか?」 田嶋はいたわるように梶原の腕を取って担ぎ起こした。 一人は先輩、そうしてもう一人が(未だに信じてもいないが)恋人とくればこのまま放っておくわけにも早々いかない。損な役回りだと自分でもそう思う。 「今タクシー、呼びますから……」 ほんまか。 田嶋は呆れ気味に目を細めたが、酒に飲まれた人間はどんなに立派な人間であっても案外こんなものなのかも知れない。 電話でタクシーを呼び、店を出たすぐ前の大通りに梶原を連れて出る。驚いたことに梶原はさっさとタクシーに乗り込むと、酔ったとは思えないしっかりとした口調で行き先の地名を告げた。酔う前に聞いた自宅周辺とは方面が、ちょっと違うような気がしたが……。 ところが、である。梶原を送り、店内に戻って来てみれば桂木ときたら店の店員の手を握って口説いてなんかいるではないか!もちろん、こんな深夜の店員とくれば男と相場が決まっている。ああ、もう、本当にこの男は……。 本当に、開いた口がふさがらない。 田嶋は無表情に目を細めると、レジの店員に声をかけて支払いの清算と、預けていたコートの取次ぎを願い出た。 「お連れ様のは……」 田嶋が素っ気無くそういうと、店員は半ば困ったような苦い笑いを浮かべて持ってきたコートを手渡した。どうも、と言って店を出ようとしたその瞬間、さっきまで座っていた座席でニコニコと、上機嫌で若い店員を口説いていた桂木は、その姿を確認するやいなや、まるで人懐っこい飼い犬が大好きなご主人様を見つけたようなそんな感じに飛びつくように田嶋の身体に抱きついてきたのだ。 「わっ!」 ハートマークが出るような勢いで甘えた声でその名を呼ぶと、桂木はそのまま犬が飼い主の顔を舐めるごとくに、田嶋の唇をチュ―――っと奪った。 『チュッ』ではなくて、『チュ―――』っと、である。その間十数秒。けれども店にはまだ、数人の店員と客がいて、その視線がいっせいに桂木と田嶋の方へと集められた。唇を離した桂木はそのまま田嶋の肩に顔をうずめて抱きついて離れない。もし桂木に尻尾があれば千切れんばかりに振られていたことだろう。まあまだ舌を入れられなかっただけでもいい方ではある。 酔っ払いめ! 横にいた店員が固まったままリアクションに困っていると、田嶋は何の変化も示さないまま無表情な顔立ちで右手の甲で口を拭った。 「コート」 その言葉に慌ててコートを持ってきた店員に軽く礼を言って、田嶋は店を出たのだった。 そしてあろうことか桂木。タクシーを捕まえて乗り込むやいなや車内で眠り込んでしまったのだ。しかも田嶋に抱きついたまま、である。 桂木のマンションに着くまでのタクシーのバックミラーからの視線が痛かったことと痛かったこと!こんなはた迷惑な経験、27年生きてきた人生で田嶋は未だかつてしたことがない。 (貴重な経験だ……) 更に180cmもあるような大男、田嶋が担げようはずもなく、引きずるようにしてようやく部屋に運び入れたのだった。意識のないその身体の重いことといったら、桂木のマンションにはエレベーターがあって本当に良かったと田嶋は思う。階段だったら上り途中で死んでいる。 田嶋は狭いエレベーターの中で小さなため息を一つ付いた。ああ。本当にもう、最悪だ。 やっとの思いでドアの前まで来ると、田嶋は桂木のスーツの内ポケットを探って部屋の鍵を取り出した。そして再び桂木を引きずるように寝室のベッドへと運んでやる。 「ああ、くそ……。この男、なんでこんなに無駄にデカイんだ……」 田嶋は悪態をつきながらも暗い廊下を、自身よりも少し重い身体を引きずって、ようやくベッドに転がした。小さく息をついて、田嶋が肩にかけられた腕をほどこうと右手をかけたその時。驚いた表情と共に田嶋の口からあっという小さな声が部屋に上がった。 「……っ」 力のこもった桂木の左手が田嶋の首を掴んで引き寄せた。強引な力で繋げられた田嶋の唇から濡れた吐息が漏れる。まるで仕掛けた方が押し倒されたようにも見える格好で、下の方から桂木の舌が余すことなく田嶋の口内を貪った。 「は……っ」 されるがままだった舌が、答えるような動きに変わるころ、桂木はそっと田嶋の唇を開放した。電気の点いていない真っ暗な部屋の中でお互いの表情など微塵少しも見えやしない。 上から下へと広がったコートの裾が、窓から入る夜景の光で浮かび上がった二人のシルエットをひどく引き立たせた。 「……起きてたんですか」 言いながら桂木は右手を伸ばして手探りで、サイドテーブルの蛍光灯をパチリとつけた。嘘をつけ! 眼下に広がった桂木の顔は思ったとおり、ニヤニヤと笑った表情をしており、それが田嶋の心を余計に呆れさせる。 「タチの悪い人ですね」 しれっとした顔をして桂木は言う。 田嶋は傾斜していた身体を起こすと、熱い口付けの余韻も程なくスッと立ち上がり、横たわったままの桂木に背中を向けた。 「帰ります」 突っぱねるように返す田嶋の右手を桂木は即座に掴んだ。 「なんですか」 桂木は掴んだ右手をそのまま強引に引いて二人の距離を近づける。 「誰と誰が……」 田嶋が頓狂な声を上げた。誰と誰がどういう付き合いだったかだって? 「何言ってんですか。高校の時の先輩……」 田嶋が怒ったようにそう言うと、桂木は少し目を細めて掴んだ右手を力任せに引っ張った。さっきとは正反対にベッドに押し倒された田嶋は、そのまままっすぐ桂木を見つめる。桂木の指先が田嶋の頬の輪郭をなぞるようにつっと伝った。 「ねえ」 そこまで聞いて、桂木はゆっくりと言葉を吐いた。 「だってあの人、お仲間の匂いがした」 お仲間だって? 「分かるんだよ、なんとなく。こういう性癖の持ち主って!」 その単語を聞いたとたん、田嶋は唖然とした表情を浮かべた。 「まさか!だってあの人高1の時、彼女いたって聞きましたよ?」 そういえば、それから後にそんなの聞いたこと一度もない。単に部活に、勉強に、生徒会に忙しいのだと思っていたのだけれど……。 「高校の時女子にすごく人気ありましたし……」 言われてみれば確かにそうだ。ああ、でもこんなの本人に直接聞けるはずもない。呆然とした田嶋の表情にも気づかないまま、桂木は言葉を続けた。 「梶原さん男前だし、背ぇ高いし、気配りききそうな感じだし……お前そういうの好きそうじゃん」 押し倒された格好のまま、そこまで聞いて田嶋は思わず苦笑を浮かべた。なんだって?今までノーマルだと信じて疑わなかった先輩に対して「好きそう」だって? 「ふっ」 いかにも面白くなさそうな顔をした桂木が、子供じみた表情で返した。田嶋は桂木のその輪郭をツーッと謎って首を傾ける。 「先輩が気になったのはあんたの方じゃないんですか?」 懐を探るような微笑を浮かべたその問いに、今度は桂木の方が納得のいかない表情を示した。 「俺?なんで」 と、そこまで言って桂木は言葉を止めた。止めた、というより忘れた、と言ったほうが正しかったのかもしれない。サイドテーブルできらめく蛍光灯の明かりが、桂木の下で微笑を浮かべる田嶋のその表情を、ひどく扇情的に照らし出していたからだ。 桂木の喉が思わず鳴った。 「したい」 返事を待たないまま、桂木は田嶋の口を塞いだ。軽く触れた唇を離して角度を変えると、今度は求めるような口付けを桂木は田嶋に乞うた。答えるように田嶋の両手が桂木の髪をかき乱すと、桂木は慣れた手つきで首もとのネクタイに手を伸ばした。
田嶋はゆっくりと身体を起こすと両手のひらで、2、3度顔をさすった。 「は……」 隣でまぶしそうに目を細めた桂木がそう言うと、田嶋は改めてベッドサイドに置かれた目覚まし時計に目をやった。 「ええと、11時、半です」 そう言って身体を起こそうとした桂木の動きが、そこでそのまま固まった。その様子の不自然さに、田嶋は桂木を覗きこむようにして顔を少し傾ける。 「痛て……」 田嶋が手を置いて肩をゆすると、桂木は声にならない悲鳴を上げてその場に突っ伏してしまったのだった。 「〜〜〜〜〜〜〜!!」 この痛がり様!一体全体なんなのだ。 「ちょっ、ちょっと!一体どこが痛いんですか?」 枕に顔を埋めた桂木は、痛さのせいで涙目になっていた。 (そんな激しいことしたかな……) 尋常でない痛みを訴える桂木のその様に、田嶋は頭を掻きながら昨晩の行動をゆっくりと思い返した。昼間。会社では重い家具を運んだりするが、慣れた仕事でこんな腰痛おこるはずもない。じゃあ夜の忘年会なのか? 田嶋は怪訝な顔をして、昨晩の有様を順を追って記憶をたどった。鍋をつついて、ビールを飲んで、王様ゲーム。そして……。 「あっ!」 田嶋の思考はそこにバッタリ行き着いた。これ以外には考えられない。そうだ、絶対そうなのだ。 「ツイスター……」 田嶋は呆然とした表情を浮かべて桂木の方を返り見た。 「主任。腕とか、足の付け根とか……他のところも痛いでしょう?」 言葉にならないまま、コクコクと桂木は頷く。間違いない。体中が筋肉痛なのだ。 「でも腰が一番痛い〜〜〜!」 地味な動きしかしないのに、ツイスターといえばその実は無茶なストレッチといっても過言ではない。無理な体勢を意地でとったりするから……と、そこまで考えて田嶋ははたと気がついた。 ツイスターは対象人数が2人以上なのだ。あのとき桂木と一緒にフィーバーしていたのは一体誰だ? 田嶋はバッと桂木に視線を移すと早口に言葉を発した。 「携帯!あんたの携帯、どこですか?」 田嶋は桂木のスーツから携帯を取り出すと、手馴れた動作でボタンを押した。首を傾け携帯を固定させたままの姿勢で、ベッドの下に散らばった衣服にテキパキと袖を通す。全てのシャツのボタンがかかるころ、田嶋はその番号の持ち主が回線をつないだ感触を得たのだった。 「先輩こんにちは、田嶋です」 首で支えていた携帯をサッと利き腕に持ち帰ると田嶋はいつもの冷静な口調で淡々と梶原と会話をつないだ。 『田嶋!?』 受話器の向こうで、驚いたように梶原が頓狂な声を上げてる。そりゃそうだろう。番号を教えてもない相手から一体なんで電話がかかってくると思うのか。しかしそんなことを気にしてる場合でもない。 「昨日大丈夫でしたか? 無事に帰れました?」 梶原も自分達同様、今の今まで寝てたのか、言葉がひどく慌しい。もしそうなら悪いことをしたかな、と少し田嶋は思ったが、それでもあの後梶原が無事家にたどり着いたのかも気になってはいたし、何より、桂木のような有様になっていたとしたら、誘ったこっちに責任があるのだ。 『俺、番号教えたっけ?』 田嶋はスッと息を吐いてゆっくりと答えた。 「ツイスターですよ」 歯切れは悪いがなんだか痛くもなさそうだ。田嶋は安堵のため息を漏らすと、ほっとしたような声で言った。 「大丈夫なら良かったです。それじゃまた」 携帯の電源をオフにすると、田嶋は再び背を向けていた桂木の方へと振り向いた。 「腰痛、あんただけみたいですよ。ああ、年取るといやですねえ」 皮肉めいた口調で田嶋が言うと、その下でうつ伏せのまま枕を掻き抱いた桂木の目が涙目で田嶋をにらんだ。最も本当に年をとると、鈍くなった神経のために痛みは2、3日後に出るものらしいが、そんなことどうだっていい。反省を促せればそれでいいのだ。 「おい……もっと同情的な言葉をかけろよ」 そこまで聞いて田嶋は呆れたような声を上げた。何?それではあれは田嶋の嫉妬を誘うための桂木の策略だったのか? 田嶋はゆっくりと桂木を見下ろしていた目を細めた。 「ヤな人ですね。そんなこと言われちゃ、このまま冷たく置いて帰れないじゃないですか」 そう言ってベッドのすぐ横にしゃがんで膝上に両腕を重ねると、田嶋は桂木と目線を合わせてこう言った。 「しようのない人ですね。実家に帰るまではまだ日にちがありますから、今晩ぐらいは湿布を背中に張るぐらいの世話はしてあげますよ」 田嶋はすっと立ち上がると、そのまま上半身だけを倒して桂木の頬に口付けた。そして身体を起こして踵を返すと、田嶋はそのまま右手を上げてこう言ったのだ。 「薬局行って、湿布でも買ってきます。おとなしく寝ていなさいよ」 田嶋は軽快にコートを羽織るとそのままドアの向こうへと姿を消した。 「うわお〜う、ラッキー……」 思いがけない田嶋の、優しい言葉とその動作に、桂木はなんだかずる休みに成功した子供のような気分になった。そして痛めた体中を擦りながらまたやろうかなあ、などと内心こっそり思うのだった。
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END ああ、かのう様のところの梶原氏とは全然違う幸せな状況で 朝を迎えられたようですねえ(苦笑)。 まあウチは田嶋が優しいからな!(笑) そしてなんとなく画像のフォーマットまで合わせてみたりして(笑) |
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